------------------------------------------------------------------------------- ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 『週刊銀次』(毎週日曜日更新) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 銀次がファンの皆様にお届けするウイークリーコラム! (次週からは「サンデー銀次」にて掲載いたします) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
□2010年08月29日号□
「猛」がつく今年の夏も、あいかわらず日中は暑いが、さすがに日が暮れる頃には、ちょっと前よりしのぎ易くなって来た。 夏バテが来そうな今、5枚の胸キュンSONGSが僕を癒してくれている。 浜松からわざわざ、「話し出したら止まらナイト」にかけつけてくれる、 常連さんの清水さんがCDRに焼いてくださったもので、アゲイン店長の石川さんや、 ペットサウンズ・レコードの森さん、ワーナーでDeadly Driveのリイシューを担当してくださった宮治さん、 そして夢街でいつもお世話になっている土橋さんなど、ポップス大好き人間達のセレクションによる胸キュン曲集なのだ。 これが名曲ぞろい。ダニー・ウイリアムスのWhite On Whiteとかクリフ・リチャードのThe Next timeとか、 なんとも適度にゆるくて涼しくて、甘酢っぱくて、なんかワイキキのロイヤルハワイアン・ホテルで、 トロピカル・ドリンクを片手に、デッキ・チェアに寝っ転がってるような気分にさせてくれるのである。 清水さんには、僕が選んだ「伊藤銀次・胸キュン曲ベスト6」を教えておいたので、 いつかこのセレクションに登場するんですよね? 期待して待っています。 ちなみに僕の選んだ6曲は、十代半ば頃のぼくを胸キュンさせた曲たち。今聞いても涙腺が....。
A Groovy Kind Of Love / The Mindbenders (1966) Et poutant / Charles Aznavour (邦題:想い出の瞳/シャルル・アズナブール 1963) Last Kiss / Frank Wilson & The Cavaliers (1964) Congratulations / The Rolling Stones (1964) Make It Easy On Yourself / The Walker Brothers (1965) I'll Be There / Gerry & The Pacemakers (1965) そして8月28日、我がuncle-jamの黒沢秀樹君のお誕生日だった! パーン、パーン(クラッカーの音のつもり) 黒沢君おめでとう! いよいよこれからですよ。これから! そして、どうか「週刊銀次」の読者のみなさんも、彼のバースデーを祝ってあげてください。 きっと「ヒデキ、カンゲキ!」 . . . って言わないか. . . 。(笑) 黒沢君は8月23日の彼のブログで、ぼくがよく夢に見るレコード屋さんのことをとり上げてくれている。
http://ameblo.jp/hideki-kurosawa/
渋谷HMVの閉店の話題にふれて、かってわくわくしたような心のときめきを、 今のCD屋さんから感じなくなったと書いていた。 僕の夢の中に出てくるレコード屋さんのような場所がどこかにあったらいいなあとブログをしめている。
僕の夢に出てくるレコード屋さんは、むかし大阪梅田は阪急東通り商店街にあった、 LPコーナーというレコード屋さんが、僕の記憶の中で変質して現れてくるイメージなのかもしれない。 1967年頃から英米のロックシーンが急激に変化をとげ、次から次に新しいグループやアーティストが台頭、 ミュージック・ライフなどの洋楽の専門誌でも、こういった情報が毎月とりあげられるようになった。 ビートルズのSgt Peppers以降、アルバム時代に突入。英国からジミヘンやクリームなど、、 サンフランシスコからは、グレイトフル・デッドやジェファソン・エアプレーンなどの、 3分間で表現できない即興性の高いバンドが現れ、 CSN&Yのように、グループのリーダー格だったアーティアストたちがスーパー・バンドを結成、 アル・クーパーとマイク・ブルームフィールドらのスーパーセッション・ブームなどと相まって、 海外ロック・シーンはまさに沸騰していた。 これらの情報とは裏腹に、彼らの国内盤はなかなか出ることがなくて、聞きたくても聞けなかったある日、 ミュージック・ライフのページの片隅に、これらニューロック勢の洋盤を売っているというお店の広告が出ていた。 「LPコーナー」という、当たり前すぎて変った印象の名前のお店だった。 話題のアルバムが、もれなくリストアップされているではないか。
東通り商店街は今もそうだが、昔から、レコード屋なんかありそうもない、飲み屋と風俗関係で溢れかえる、いわゆる繁華街だ。 ほんとにこんなところにあるのだろうかと、住所と地図を頼りに、商店街を行けどもなかなか見つからない。 半ばあきらめかけた頃、あったあった。あやうく見過ごすところだった。 入ってみると、なんてことはないお店だが、おいてあるものは、まさに夢の店と同じ、未知の外盤だらけだ。 初めて体験する外盤ラッシュに頭がすっかり真っ白になった。なに? ラリー・コリエルのフリー・スピリッツ? そんなバンドが存在することなど知らなかったぞと驚いているそのとき、突然店内に霧笛が聞こえた。 海の近くでもないのにである。すると間をおいてまた何度か。 霧笛が俺を呼んでいるのかと(笑)、レコードをさばく手を止めると、次第にマイナー・ブルースがフェイドインしてきた。 ゾクゾクするほどかっこいいじゃないか。いわゆるアートロックを具現化したようなアルバムのイントロダクションだった。 早速、これは誰のアルバムですか?とたずねたら、スティーヴ・ミラー・バンドのSailorですよと、 お店のお兄さんがジャケを見せてくれた。
http://www.amazon.co.jp/Sailor-Steve-Miller/dp/B00000DRBJ
もちろん即買いを決めた。この日の戦利品はフリースピリッツと合わせて2枚。 もちろん本音は、店ごと買ってしまいたいほどだったが、あいにくの持ち合わせ。 池野めだかじゃないけど、「今日はこのくらいにしといたろか。」と、ひとり心の中でうそぶいてかえって来た。
当時の平凡パンチに、今ニューロックの波の中、ジャズからのアプローチとして、ゲイリー・バートン・カルテットを紹介していた。 ギタリストのラリー・コリエルが、フルアコのエレキ・ギターをハウらせてフィードバックさせているという。 それで買ったカーネギーホール・ライブは、100%理解できなかったがどこか胸がときめいた。 その彼がその前に組んでいたビートルズ的なバンドが、前回紹介したフリースピリッツなのだ。 その後もLPコーナーにはずいぶんお世話になったが、やがてタワーやHMVなどが日本に進出してきて、 お店はこれら外資系におされ、残念ながらなくなった。東通り商店街を歩くと今でも寄りたい気持ちになる。
夢と言えば、黒沢君との曲作りを再開した夜、なんと焼酎を飲んだ夢を見た。 それも、いいちこの紙パック入り1.8リットルから、いきなりごくごくとである。いやー驚いた。 お酒を飲んでいた頃ですら、そんな暴挙とも言える乱暴な飲み方はしたことがない。 目が覚めて夢だとわかったときはほんとにほっとした。 なぜか夢の中で飲んだ焼酎は、少し梅酒のような甘さがあった。 お酒をやめて450日余り。今まで、ビール、白ワイン、赤ワイン、日本酒などを一通り飲む夢をみたが、 どの場合も、おそるおそる一口ごくりとやるだけだったのに。ちょっとあせった。 あなどれないもので、ワインだと、白は酸味のさわやかなさ、赤はとろっとした芳醇な甘さを、 ビールだとあのホップのニガあまい匂いを、まるで本物を味わっているように、夢の中で鮮烈に感じることができた。 人の脳みそというのは、いったいどういう仕組みになっているのだろうか?
夢の中とはいえ焼酎をごくごくやったので、また現実に飲みたくなるかなと思ったが、 翌朝は意外と気持ちがすっきりしていて、また飲みたいとは全然思わなかった。 夢で飲むお酒でストレスが発散できれば、こんな安上がりなことはないが、夢の内容だけは思い通りにはいかない。 たぶん僕の深層心理が、大好きだったアルコールとのお別れパーティーをしたかったのかも知れない。
ここでお知らせ。長らく楽しんでいただいた「週刊銀次」、このたび独立し、 9月1日よりオフィシャル・ブログ「サンデー銀次」としてスタートすることになった。 silvertoneのサイトは、今後レーベルサイトとして継続され、 銀次まわりの出来事や最新情報などは今後「サンデー銀次」で掲載されることになる。 これまでの「週刊銀次」も「サンデー銀次」でアーカイブ化されることになっている。 あらためて「サンデー銀次」をよろしく。 さっそく伊藤銀次オフィシャルブログの「ブックマーク登録」をお願いします。
http://ameblo.jp/ginji-ito/
来週はいよいよ、I Stand Alone 2010の名古屋、神戸、京都公演だ。 その練習もしなけりゃならないのだが、秘かにある密命を受け、その成就に若干てこずっている。 なにごとも初めてはプレッシャーだ。自分らしくあればいいのに、なかなか思い切れない。 このやっかいな性格に自分で手を焼いていた今週であった。
伊藤銀次
□2010年08月22日号□
週末東京では、猛威をふるっていた猛暑もやっと一段落。 これですぐさま秋になるのだろうか? もう一度くらいまた、暑くなるのではないかと疑心暗鬼になる。 こないだ読んだ記事によると、近い将来、日本は四季ではなく二季になるかもしれないという。 春秋がなくなって夏冬だけになる可能性があるらしい。 ロス・アンジェルスは長袖が必要なくらい冷夏らしい。 世界中で異常気象。発展途上国が次々に工業国として発展を遂げようとしている今、 キャッチコピーだけのエコなんて言ってる片方で、消費社会をどうしても止められない人類を、 はたして地球は待ってくれるのだろうか?
猛暑のせいなのか、忙しかった先週が終わったとたん、心も体もふにゃふにゃになってしまった。 それでも食欲はあいかわらず落ちない(笑)。 両親、ご先祖さまにはほんとうに感謝である。
ぼーっとしながら、なにげなくテレビを見てたら、農家を取材していたアナウンサーが
「炎天下の下(した)、大変ですね。」
と言っていたのが気になった。それもいうなら「炎天下の下(もと)」だろうと思って調べてみたら、 あにはからんや、正しくは「炎天下」だけらしい。 「炎天下の下(もと)」も、「馬から落ちて落馬した」的な重複があり、まちがいだそうだ。 耳から入って来たものをちゃんとチェックしてないと、知らず知らずのうちにけっこう覚え違いをしているものだ。 たとえば、「おさわがせしました」を「おさがわせしました」、「手持ちぶさた」を「手持ちぶたさ」、とか。 知らず知らずに言ってそうだ。 確かに間違いはよくないかも知れないが、その間違いが生み出した結果が、 まったく予想もつかない別のイメージを生み出し、それがときにおもしろいこともある。 僕は「手持ちぶたさ」と聞くと、自然に、豚の蚊取り線香を片手にぶらさげているイメージがしてしまって笑えてくる。
これはトータス松本くんに聞いた、サーフィンに出かけ立ち寄った湘南の食堂(だったと思う)のおばちゃんの言葉。 「海はいいよね。マイナス思考がでてるから...。」 それもいうなら、マイナス・イオンだろうって。 ちょっとした間違いが、まったく正反対に近い、不可思議な世界を生み出してしまうところがおもしろい。 作ったみたいに見事だが、実話なところがすごい。 いやひょっとしたら考えて作れるような代物ではないかも知れない。
続いてこれは80年代に杉真理君から聞いた話し。 Epoさんは、「悦にいる」は「越に入る」 、つまり新潟に行くことだとずっと思っていたそうだ。 つまり音で聞いたときに、「エツ」を、越後の「越」だと思い込んでしまったのだ。これはすごい。 「武田信玄、夜を徹した行軍ののち、ついに越に入る」なんて、昔のいいまわしにありそうじゃない。(笑) ここまでくると、クリエイティヴィティさえ感じる。
同じく80年代に杉君から聞いた、楠瀬誠志郎君のある日の言葉。 「昨日乗った新幹線の中に煙草の煙が満喫してたよ。」 普通は「煙草の煙が充満する」なのだが、彼は「喫」の字から喫煙を連想して、それが「満」、 つまり満たされていると、「満喫」の意味を解釈したのだろう。すごい想像力ではないか。 最近の新幹線はほとんどの車両が禁煙になったので、煙が満喫することはなくなってきて、 いまとなっては懐かしい感じがする勘違いだが、Epoさんに勝るとも劣らない、クリエイティヴィティを感じる傑作だとおもう。 こういう勘違いには、まわりを和ませてくれる人間的かわいさがあって、思わず頬がゆるんでくる。
暑さのせいでとろけた頭で、ニュースを聞いていたら、「Uターンラッシュ」が「牛タンラッシュ」に聞こえた。 なんかいっしょに焼肉を食べに行った友達が、牛タン好きで、牛タンばかり頼むものだから、 どんどん牛タンが追加で運ばれて来て、焼いても焼いても、テーブルの上が牛タンの皿で埋め尽くされる。 そんな牛タンだらけのイメージが浮かんでしまった。 牛タンは嫌いではないが、「牛タンラッシュ」には耐えられないかも。
前回の「週刊銀次」で紹介したように、音楽プロデューサーの坂口修君が、 JVCケンウッドのトークイヴェント、そして「銀座で銀次」に足を運んでくれた。 アゲインでの「泰平洋行ナイト」で偶然再会を果たしたのだが、この再会は僕にとってかなり驚きの出来事だったのである。
1980年代、FM大阪で「伊藤銀次のコークサウンド・シャッフル」という音楽番組をやらせていただいていた。 構成が上柴とおるさん、おしゃべりの相方が丸子由美さんで、日曜日の朝に放送されていた。 確かひと月に一度の収録で、まだ中之島の朝日新聞大阪本社ビル内にあったFM大阪まで、新幹線で出かけて録音していた。 その収録のとき、一人の青年がいつもスタジオに訪ねてきた。 なにやらバイトで別の番組のアシスタントをしているらしいのだが、合間に現れて天真爛漫に話しかけてくる。 年齢の割にやたらポップスに詳しい青年だと思っていた。 それから歳月が過ぎ、こないだの「泰平洋行ナイト」、客席になんとその青年がいるではないか。 クエスチョン・マークが頭の上に点灯するがままに、ひさしぶりに会話を交わしてみると、 音楽プロデュースの仕事をしていて、オダギリジョーの時効警察の音楽は彼の作品だと言う。 「転々」「インスタント沼」などの三木聡監督作品などの音楽を担当しているという。驚いた。 単に僕が不勉強なだけで、周知の人たちからは顰蹙を買いそうだが、 うれしいことに、あの青年がいまやプロの音楽家として活躍していたのだ。
ところが驚きはそこで終わらない。自分のとろさに辟易としてくるが、ここまで書いている最中に、ある記憶が、 遥か深海に沈んだタイタニック号からわき上がってきた泡のように、ゆっくりと僕の意識の水面に浮き上がって来たではないか。 待てよ。彼にはアゲインの前に一度会っているぞ。そうだ。なんてこったい。
10年ほど前のことだ。大瀧詠一師匠から、上岡龍太郎さんのトーク・ライブに、いっしょに行かないかというお誘いがあった。 上岡さんがまもなく引退なさるという頃で、トークライブとしては最後になりそうだからだ。 大瀧さんは上岡さんと交遊があったようで、漫画トリオを教えてくれた僕を紹介したいということだった。 新宿のスペースゼロだったか場所は忘れたが、トークショー終了後、楽屋に伺い、 大瀧さんから直々に上岡さんに僕のことを紹介していただいた。「ほーっ、銀次さんねぇ。 そういえば山口銀次っちゅうハワイアンのミュジシャンがおったね。」とおっしゃっていたのを思い出す。 上岡さんが、同じ楽屋にいらっしゃってた、大竹まことさんを紹介されたときだ。 「おひさしぶりです。」といって名刺を差し出し、シティーボーイズ関係の仕事をしていますと名乗った彼。 あれはまさしく坂口君だった。いま思い出した。なんと自分の記憶のいいかげんなこと。 坂口君に電話を入れて失礼をわびておいた。 それにしてもいったいどういう経緯で、現在の坂口君があるのだろう?そしてなぜいま再会したのだろう? ここにも何らかのいくつかの偶然のチカラが働いているのかもしれない。
いつまで待っていても、未来永劫CD化されそうもない、何枚かのアナログ盤を、 土橋一夫さんにお渡しして、CDRに焼いておいてくれませんかいう、面倒くさいお願いをしていた。 忙しい方だから、いつになってもいいやと気を長くして待っていたら、 8月7日(土)のPied Piper Daysのイベントのときに持って来てくださった。 これも実にうれしい出来事だった。土橋さんどうもありがとう。 アーカイヴ 化してもらったのは、僕の1984年のアルバム「BEAT CITY」に参加してくれた、 マーク・ゴールデンバーグが所属していたザ・クリトーンズの、2枚っきりしかないアルバム2枚。 それとビートルズのカバー楽曲で編まれたサントラ盤「All This And World War II」などなど。 このサントラでは、ロイ・ウッドのLovely Ritaや、ジェフ・リンのWith A Little Help From My Friends 〜 Nowhere Man、 ピーター・ガブリエルのStrawberry Fields など、レアなカバーが聞ける。 キース・ムーンがWhen I'm 64を歌っているが、結局彼は64歳をむかえることができなかったわけだから、 皮肉な選曲になったものだ。 一度CD化されたみたいだが現在入手は困難。なんとアマゾンで20000円ぐらいの高値がついている。
http://www.amazon.co.jp/All-This-World-War-II/dp/B000QV125A
そのアナログ盤たちの中で、ラリー・コリエルがゲイリー・バートン・カルテットに参加する前、 ビートルズっぽい曲を演っていたバンド、The Free Spirits、1967年リリースの唯一のアルバム、Out Of Sight And Soundを、 個人的にアーカイヴ化してもらったので、いつでも聞けるようになったのが、特にうれしい。 全然売れなくて、ほとんど話題にならなかったようだが、どの曲もジャズ・ロック風味のビートルズで、なかなか面白い。 このアルバムは、僕が初めて買った輸入盤の中の一枚で、特に思い出深いが、そのエピソードについては次回としよう。 興味のある人はYouTubeに上がっているので、以下を検索してみて。
Cosmic Daddy Dancer - The Free Spirits Sunday Telephone - The Free Spirits I'm Gonna Be Free - The Free Spirits
uncle-jamもなんとなく今週はお盆休み。 うれしいことに、8月9日の初ライブ以降、出演依頼がぼちぼちと来ているらしい。 さあ来週早々、また黒沢君と新曲作りを再開だ。 そして秋のI Stand Aloneツアーも近づいてきた。 練習、練習。
伊藤銀次
□2010年08月15日号□
今週はなにかとイベントの多い週になった。さて、どこからお話ししたものか。 まず先週一日早い更新で書けなかった、 8月7日(土)「Pied Piper Days - ようこそ夢街カフェの指定席へ」というトーク・イベントに、 ゲストで呼んでいただいたお話しからかな。 40回記念ということで、今回は牧村憲一さんと僕のダブル・ゲスト。 牧村さんとはひさしぶり、たっぷりとお話しが聞け、お話しができて、あっというまの3時間だった。 JVCケンウッドのショールームは立ち見もでるほどで、忙しい中、足を運んでいただき、みなさんありがとうございました。
牧村さんは、70年代からずっと、日本のポップ・シーンをリードしてきた人物。 山下達郎、大貫妙子、竹内まりあ、ピチカート・ファイヴ、フリッパーズ・ギター、 そして今いっしょにuncle-jamをやっている黒沢秀樹君のL⇔Rなどを世に送り出した大プロデューサーだ。 初めて牧村さんとお会いしたのは、CM制作会社ONアソシエイツに所属なさっていた頃。 僕がココナツ・バンクの流れで、大瀧詠一さんのCMでギターを弾かせてもらっていた頃だ。 翌日のワールド・ハピネスのためにスタミナを温存しなきゃね、なんておっしゃっていたが、 言葉とは裏腹に、興味深い内容のお話しを、エネルギッシュにたっぷりと語ってくださった。 僕のいた「ごまのはえ」も、当時ベルウッドのスタッフとしてご存知だったとか、 はっぴいえんどのマネージャー石浦信三さんから、はっぴいえんどでCMをやりたいという相談が牧村さんにあったことがきっかけで、 大瀧さんが三ツ矢サイダーのCMをやることになったとか、僕にとっては初耳の情報ばかりで、ゲストで参加しているにもかかわらず、 たびたび客席にいるような気になってしまった。
牧村さんとは一度お仕事をさせていただいた。1978年頃だったと思う。 当時日本でもスケボーがブームになり始め、このブームにあやかって、 牧村さんと、RVCレコードの新人ディレクターだった宮田茂樹さんと、僕がいっしょに制作したのが 「サーフ・ローラー・ストリート」という企画ものシングル。 アレンジが僕で、ミュージシャンは、村松邦男(GTR)、坂本龍一(Keyboard)、小堀正(Bass)、松本照夫(Drs)。 ヴォーカルには、名前は忘れてしまったが、山下君ぽいファルセットが得意というハイトーン・ヴォーカリスト。 カップリングにはThe HappeningsのSee you In Septemberを、フランキー・ヴァリのElise風にアレンジしたもの。 残念ながら企画がボツとなった。DATでラフ・ミックスを持っているが、聞き直すと懐かしくもあり恥ずかしくもあり。
この日はONアソシエイツの大森昭男さんも足を運んでくださった。。またアゲインでの「泰平洋行ナイト」で再会を果たした、 バカラック評論家としてもおなじみの音楽プロデューサー、坂口修君もきてくれた。 坂口君と僕は25年くらい前に知りあっていたのだが、この話しは長くなりそうなので次回に。
そして8月9日は、渋谷SONGLINESでいよいよuncle-jamのライブ・デビュー。 青山陽一君、若林マリ子さんとのジョイント・ライブ。アコギ1本でもやはり日本人ばなれの雰囲気の青山君。 オリジナルに混じって、Little FeatのFool Yourselfのカバーがよかったね。 若林さんは、パーカッションとベースを加えた編成で、異国情緒のあるメロディーと日常的な詞の組み合わせに個性があってよかった。 そんな彼らを差し置いて、ユニットとしては新人なのに、なんとuncle-jamがトリをとることになった。 決して大きくはないが感じのいいライブハウスに、うれしいことに月曜日にも関わらず、 立ち見が出るほどお客さんがきてくださった。どうもありがとうね。 来れなかった人たちのために、セットリストを載せておこう。
1) ('Til) I Kissed You 2) Crying All Night Long 3) Baby It's You 4) I Will 5) Message To Maria 6) うきうきMusic
黒沢君との往復書簡ブログを愛読してくれている人たちも来てくれて、マニアックなカバーにも会場が沸くのがうれしかったね。 最初は二人とも緊張気味だったけれど、次第にのってきた。やっぱり、いくら練習を重ねても、一回のライブにかなうものはない。 二人の呼吸を合わせること、これがuncle-jamの生命線だと実感した。
セットリストの1)と5)は、 僕たちが、そしてロックパイルのデイヴ・エドモンズとニック・ロウもリスペクトしている、エヴァリー・ブラザースのカバー。 エヴァリーズが、レノン&マッカートニーやサイモン&ガーファンクルなどにあたえた影響は大きい。 uncle-jamのコーラスも、エヴァリーズという原点から始めることにしたのだ。 3)のオリジナルはガール・グループのシュレルス。僕らのヴァージョンはビートルズとロックパイルの真ん中あたりの感じだ。 作曲はもちろんバート・バカラック。C - Am のコード進行で、 僕のパートはいきなりCの6th、Aから始まるSha la la コーラス。なんともバカラックらしい。 2)は僕が竹内まりやさんに書いた曲。英語詞はまりやさん。アルバム「PORTRAIT」に収録。 ピーター&ゴードンみたいな曲を書いてという依頼で作ったら、 まりやさんのアイデアで、恐れ多くもデュエットさせていただくことになった。 黒沢君に聞かせたらとても気に入ってくれ、uncle-jamでやりましょうということになった。
そして、4)と6)は僕らのオリジナル曲。僕らの中では自信作だが、はたして反応はどうだったのだろうか? ちなみに、ライブでも話したが、「うきうきMusic」は、「Down Town」「ウキウキWatching」と並ぶ、 「うきうき三部作」の最後を飾る作品にしたいという、黒沢君のアイデアから生まれた曲。演っててとても楽しい曲だ。
暖かいアンコールが来て、最後は青山君もボトルネック・ギターと歌で参加して「こぬか雨」。 サビの三人のハーモニーは、歌っていてもなかなか気持ちがいいものだった。 オーディエンスのみなさんが盛り上げてくれて、すばらしいuncle-jamの船出になった。 その日はすっかり舞い上がっていたのか、カポタストとシールドをお店に忘れて来てしまった。 菅直人氏が「イラ菅」なら、僕はいつもどこか「銀ドジ」なのだ。
その時、MCの流れでリトル・フィートのドラマー、リッチー・ヘイワードと10年ほど前に、 L.A.で食事をするチャンスを得た時の失敗談を話した。大ファンだったフィートのドラマーを前にして、 思わず頭の中にうかんだ「僕はリトル・フィートのファンでした。」をそのまま英語に訳して過去形で話したものだから、 彼は鋭い目でギロリとにらみ、「まだリトル・フィートはバリバリに現役でやってるんだけどな。」と言われたことだ。 うーん、過去形には気をつけよう。なぜかそんな話しをした3日後の12日に亡くなった。 長く闘病生活にあったことを知らなかったのでショックだ。虫がしらせたのか、たんなる偶然か。 わが青春のヒーローの冥福を祈りたい。
黒沢君のブログ「tomorrow today」 8月11日の「やっぱりLOVEかと」でも、 僕らのライブにふれている。読んでたらやばい、グッときてしまった。(笑) 心が洗われる。黒沢君の文章は、ほんとに人を幸せな気持ちにさせてくれるね。
http://ameblo.jp/hideki-kurosawa/
そして8月14日は、アップルストア銀座での僕のライヴ。 題して「銀座で銀次 - サマーにならない夏はごめんさ」。(笑) モーメントのストリングスといっしょにライブを演るのはひさしぶり。 いつも弦アレンジをしてくれる男性の小弥君が、今回は参加できないので、弦4人すべてが女性。 急遽参加を決めてくれた女性パーカッショニストの結っちゃんこと高橋結子も加わり、うーん、こりゃーハーレム状態だ。 今夏唯一のライブなので、1時間ほどだけどいろいろ盛り込んだ。セットリストは次の通り。
01) Cherry Night (with 結ちゃん) 02) Monday Monday (with 結ちゃん) 03) Beat City (with 結ちゃん) 04) 風のプール (銀次のみ) 05) 雨のステラ (銀次のみ) 06) いちご色の窓 (with moment string quartet) 07) As Tears Go By (with moment string quartet) 08) Summer Holiday (with moment string quartet + 結ちゃん) 09) Baby Blue (with moment string quartet + 結ちゃん) 10) スターダスト・トレイン (with moment string quartet + 結ちゃん) 11) 幸せにさよなら (with moment string quartet + 結ちゃん)
Monday Mondayはこれでライブ2回目。dadgadチューニングにもようやく慣れて来た。 As Tears Go Byはストーンズの、Summer Holidayはクリフ・リチャードのカバーだ。どちらもライブでは初めて。 この日だけのスペシャル・メニューだ。今回、結ちゃんとサシで演るのは初めて。 結ちゃんはどう思っているかわからないが(笑)、タイム感が合っててやり易いいい緊張感が心と体を活性させてくれる。 次回は、9月横浜サムズアップでまたいっしょにプレイする。 そのときには、さらにコンビネーションに磨きをかけたい。 最近トーク・ショーづいているので、どうもMCが長くなってしまったようだ。 後半あせってMCをしないでマイたが、10分も押してしまった。 だけどそんな盛りだくさん、ちゃんと伝わって楽しんでいただけただろうか? 「銀座で銀次」に来てくれたみなさん、どうもありがとう。 今回の「週刊銀次」、これで3回目のありがとうなのだ。
伊藤銀次
□2010年08月08日号□
シュガーベイブのDOWN TOWNのモデルとして、僕が頭に描いた街は、70年代中頃の渋谷だった。 その渋谷のランドマークのひとつ、ヤマハ渋谷店が12月26日に閉店するという。 HMVの閉店に続き、恐ろしい勢いで渋谷、いや世の中が変化している。 もはや渋谷も僕の好きな街ではなくなってきているのかも。 70年代にはレコード部があり、洋楽の輸入盤を売る数少ないお店のひとつだった。 「ごまのはえ」では店頭演奏もしたこともある。思い出多いヤマハ渋谷店。 僕のような音楽人間にとって、渋谷はミュージック・タウンだったのだ。 最後の砦、タワー・レコードはがんばって残ってほしいものだ。
一日の最高気温が摂氏30度以上の日を真夏日と呼ぶそうだが、 今年はそれも死語になりそうな勢いの暑さだ。 それにとって替わって登場したのが猛暑日。最高気温がなんと摂氏35度以上の日のことをいうらしい。 8月6日、ついに全国179地点で猛暑日を記録したそうだ。いったいどうなってしまうのか。
僕が1970年代に「日射病」という曲を作ったときには、 まだ「猛暑日」や「熱射病」なんていう、おそろしい言葉はなかった。
そんな日照り めらめら阿修羅
そんな日照り めらめら阿修羅
脳味噌までとろけた そんな日照り
脊髄までしびれた そんな日照り
「ごまのはえ」時代に作ったカントリー・ロック。 オムニバス・ライブ盤、「ショーボート・ライブ〜素晴らしき船出」にココナツ・バンクの演奏で、 ナイアガラ・トライアングル vol.1にも収録されている。 日本語のロック黎明期、音の響きのおもしろい言葉探し、洋楽的な曲に、 不条理な新しい景色を持ち込む、言葉遊びに熱中していた。 洋楽的な曲調と、およそ似合わない言葉をいつも探していて、見つかると、その一点からイメージを広げ、 曲調や全体の詩の世界まで、面として延ばして行く作業だった。
「日射病」は、チャッド&ジェレミーのアルバム、「The Ark」(邦題ノアの方舟)の2曲目の邦題から、ヒントを得た。 原題はSunstroke。ちょっとインド音楽風なイントロで始まる曲調からは、まったく影響を受けていない。 ただなんとなく邦題をながめていたら、いろんな景色が見えてきたのだ。 10月に決まった「話し出したら止まらナイト」第3回で、フォークロック特集をやるので、 レコードなど調べていたら、チャッド&ジェレミーの、このアナログ盤をひさびさに手にして、そのことを思い出した。 当時の僕には「日射病」という言葉が、「蜃気楼」や「摩天楼」のように、とても「かっこいい」日本語に映ったのである。
曲中に登場する、「赤城山の今宵限りブラスバンド」が、 ブラスバンドの名前のことだと、最近気づいたファンのかたがいるようだ。 もちろんサージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・ブラス・バンドから来ている。 正式表記(?)は「赤城山今宵限吹奏楽団」。といっても実在するわけではないが。
赤城の山も今宵限り 生まれ故郷の国定村や 縄張りを捨て 国を捨て 可愛い子分のてめえたちとも 別れ別れになる 首途(かどで)だ。
僕の親爺が大好きだった、新国劇の辰巳柳太郎演じるところの、国定忠次の名ゼリフ。 つきあわされて何度もテレビで見たので、雲の上団五郎一座の「切られ与三郎」と同じぐらいよく覚えている。 松本隆さんがはっぴいえんど時代、ある雑誌で、「風街ろまん」あたりのことを、 「映画館で片岡千恵蔵の映画を見ながら、コカコーラを飲んでるような感じ」と語っていたことに、 妙に共感したことがある。 国定忠次とビートルズの出会いが、カントリーロック上にあるなんて、 自分でいうのもなんだが、おもしろい曲を作ったものだ。
ココナツ・バンクの再結成のとき、ギターの久保田光太郎君が聞いて来たときの二人の会話。
「この詩のめらめら阿修羅の阿修羅ってあの阿修羅ですよね?」 「そうだよ。あの阿修羅だよ。」 「そうですか。あの阿修羅ねえ。すごいですね。なんか。」 (笑)
映画の夏のシーンにはたいがい、めらめらと陽炎が立っている。それと阿修羅がなぜかダブった。 暑さが表現できていることもそうだが、それよりも、僕にとっては、「may- la - may rush-ler 」という響きが、 当時なにより新鮮で大切だったのである。 よくも悪くも、「脳味噌までとろけた 脊髄までしびれた」より、インパクトのある歌詞は、あれから書けていない。 数少ない、僕の潜在意識だけで作った曲だからね。 なんとこの曲、サエキけんぞう君をして、「大瀧詠一激似シンガー」と言わしめた、 いちかたいとしまさ君がカバーしているので、ぜひ聞いてみてほしい。
<いちかたいとしまさ Web Site http://sound.jp/ichikatai/index_2.htm>
最近のテレビに、むずかしい漢字の読み書きを、タレントが競う番組がある。 読みにしても書きにしても、ほとんど日常生活で使うことなんかないものが読めなくても、 別に不自由はしないが、改めて「菟葵」は何と読む?なんて出題されると、気になってしょうがない。 これは「イソギンチャク」と読むらしいが、覚えたからといって、明日から何かの役に立つわけでもないのに、 問題が出されると、それを解きたくなってしまうモードが、どうも自分の中にあるようだ。 クロスワードや数独が、まだ手つかずの状態でおいてあると、ついつい解きたくなってしまう。 おおむね日本人は、自分は試験なんてまっぴらだと思っていても、 実は長年の刷り込みが入っていて、テスト好きだったりするのかも知れない。
いままで何度も覚えようとしたが、「憂鬱」という字は、あいかわらずぱっと書けない。 特に「鬱」の字には、じっと見るものを、草ぼうぼうの獣道の奥深く、なんだか魑魅魍魎とした古寺に誘うよう。 そこに行った者で帰ってきた者はないという。 (笑)たとえ帰って来たものがいても、それまでの記憶をすっかり失っていることが多いという。(笑) 漢字全体に、なにか怪しい気配のスモークが焚かれていて、 何人も決してふれてはならない、僕には、サンクチュアリな漢字なのだ。
1988年、ロンドンのリヴィングストン・スタジオで、ビートルズのカバー、 Lucy in The Sky With Diamondsの歌入れをしていたときのことだ。 歌のチェック・シート用に僕が歌詞を書いていたら、「カレイドスコープ」の綴りがはっきりしなかった。 そこでエンジニアのトニー・ハリスと、アシスタントのジョン・マリソンに聞いたところ、 二人ともこうだったけ、いやちがうだろ、こうだよという具合に、 イギリス人のくせに、(と、そのときはマジに思った。)判らないらしいのだ。 結局、トニーが友達に電話して、やっと「kaleidoscope」だと判明した。 なるほど、これは彼らにとって「憂鬱」みたいなものなんだな。scopeのあたりが「憂」で、 これは判りそうだが、kaleidoのあたりに、「鬱」のような、魑魅魍魎感が潜んでいるのだろう。
8月14日のアップルストア銀座での僕のサマーライブ。 ストリングスに加えて、結ちゃんこと高橋結子が参加してくれることになった。 結ちゃんとても忙しい人だから、どうかなって思っていたが決まってうれしい。 これで5月16日号の「週刊銀次」での結ちゃんへのプロポーズが実現したわけだ。 約1時間ぐらい。入場無料なので、初めての方たちもどうぞ。 結ちゃんと僕の、二人だけの演奏もあるので、ぜひ見に来てね。
その結ちゃんがメンバーのタマコウォルズが、 8月5日赤坂グラフィティで、青山陽一 & The BM'sと一騎打ちライブをした。 題して「続・マダラ紛争〜逆襲のビーエムズ」。 東宝の円谷映画でいうなら、「タマコザウルス対アオヤマギラス」といったところか。 タマコウォルズは、5月15日の吉祥寺「Manda-la2」に続いて、見るのは2回目。 あいかわらず、彼らが演奏し始めると、赤坂が70年代のサンフランシスコと化してしまう。 グラフィティが天井の高い、スペーシーな小屋だからか、前よりワイルドでやんちゃな演奏に聞こえた。 野外の大きなコンサート会場で見たら、もっとこのやんちゃさが生きるんだろうな。 タマコを知らない人は、ぜひ、3月に発売されたHOG'S BABBLを聞いてほしい。 すばらしいアルバムなので、必チェッキラ。
<タマコウォルズ HOG'S BABBLE MIDI Creative /CXCA-1263> <2010年3月1日発売 \2100>
アルバムのエンジニアでもある、鳥羽修君のスライド・ギターも、 グラフィティというスペーシーな小屋のせいか、より太く甘い、えもいわれぬ気持ちのいい音。 赤坂の夜にスカイドッグが翔ぶのを見た。 ふと、昔ぼくのPAをやってくれたことのある鳥羽清さん(加藤和彦さんが作った日本初のPA会社、ギンガムのPAマン。 草分け的な人)と、お顔と名前の感じから、親戚だったりするんじゃないかと、脳裏をよぎったが、さだかではない。 単なる僕のおもいちがいかも知れない。
BM'sはGTR&Vo青山陽一、Hammond Organ 伊藤隆博、そしてDrumsはタマコの中原由貴からなるトリオ。 中原さんはこの日、ドラムを叩きっぱなしなわけだ。 マンダラのときも思ったが、実に彼女のドラミングは、Cool & Groovyだ。 こんなファンキーな曲も演奏できるとは驚きだった。 あれ、ベースはいないのって思っていたら、 なんと、伊藤君が、左手とフットペダルを併用したベースランを駆使しながら、 涼しい顔で、オルガンを弾いているではないか。 始まってすぐ、そのことに気づいた僕は、しばらく彼の左手とフットの動きに釘付けになっていた。神業を見た思いだ。 たいていのロックバンドにはベースがいるので、ハモンドを弾く人はみな鍵盤しか使わない。 ジミー・スミスやラリー・ゴールディングスのようにフットベースを、 ちゃんとプレイする本物のハモンド弾きにはめったにお目にかかったことがない。 ハミング・キッチンのサポートの時には、トローンボーンも吹いていた。 ここ最近会ったキーボード奏者では、一番マルチな才能の人かも。伊藤隆博恐るべし!
ひさびさに見る青山君。隣人のときもうまいなあ、ギターいい音してるなあと思ったが、 さらに前より進化を遂げていて、ちょっと参った。テレキャスの音色が最高。 レスポールのジャジーな甘さと、テレキャスのくっきりとした輪郭を合わせ持った、僕には理想のサウンドだ。 オリジナル曲ももちろんよかったが、クリームの「SittingOn Top Of The World」が、 The MB's流に料理されていて印象に残った。 音楽的にはかなり幅があるけれど、どこか基本的なたたずまいが、Clapton-Winwood的なのが、僕にはたまらない。 最後は2つのバンドによる「合体変則8人編成」で、リー・ドーシーのSneaking Sally Through The Alley などで大盛り上がり。トータル3時間にわたる、かなり濃いめのライブで、みなさんほんとにどうもお疲れさまでした。
前回、たわごとモードによる、邦題についての考察(?)の続きを書きたかったが、また今度に。 7日(土)は、トークライブ、「Pied Piper Days - ようこそ夢街カフェの指定席へ」第40回への出演だ。 楽しみは楽しみなのだが、噂では、僕とダブル・ゲストの牧村憲一さんが、 なにやらごまのはえやLR関係の、極秘なブツを持ってこられるとのこと。 今から戦々恐々である。牧村さん、なにとぞお手柔らかに。(笑) 今回の「週刊銀次」はスタッフの都合で更新が早いので、そのことの報告も来週で。
さあ、いよいよ来週8月9日(月)はuncle-jam初ライブだ。場所は渋谷SONGLINES。 ぜひ見に来てね。せっかくだから、青山君と何かいっしょにやろうかな。
伊藤銀次
□2010年08月01日号□
uncle-jamの8月9日のライブに備えて、黒沢君と打ち合わせをした。 曲目とリハ日などの具体的な項目を決めると、彼がTwitterでもつぶやいていたように、たちまちトークライブ状態に。 「話し出したら止まらナイト」の余韻をひいていたせいか、口がまわりだしたらとまらなくなっている。 しかも打てば響くの黒沢君のトークがからんでくるので、さらに拍車がかかってしまうのだ。 自分でいうのも何だが、二人の会話、ラジオで流したらおもしろいだろうなあ。 往年の「あおい君と佐藤君」に負けないコンビだと思うんだけど。 (最近ときどき例えが古すぎて例えになってないことがある。笑) どこかuncle-jamでラジオ番組をやらせていただけるというFM局はありませんかね? 当方、何でも音楽おもしろユニットなのですが...。
とはいえ今週はどうも脳味噌が疲れ気味だ。電脳生活に夢中になり過ぎたしわ寄せが、今頃来ているのかもしれない。 口はまわるのだが(笑)、なんかいまいち「ひらめき力」が衰えている感じがする。 かなり昔にバイオリズムなんて言葉が流行ったことがある。 「最近バイオリズムが下り坂で...。」なんて会話が日常的にかわされていた。 僕は割と自分のバイオリズムの大きな上がり下がりを顕著に実感する方で、 いわゆる上がり気味のときは、オレは天才だなんて浅はかに思ってみたり、 逆に下りにあるときは、叩いてもほこりすらでないような気がしてしょんぼりしてくる。 そういうときは、じたばたせずに、なんとか次の上昇曲線の到来をじっと待つことにしている。 現在の自分の状態を分析すると、体は元気、食欲もある。 夏でも食欲が落ちたことのないわが胃腸は、亜熱帯な今年も何のそののタフネスぶりで自分でも驚いているのだが、 思考の方が夏バテ気味だ。なので、今週はどうかしているかもしれない。(笑) 銀次 in たわごとモードな「週刊銀次」になりそうだ。(笑)
こういう期間は妙なことが気になってしまう。 僕がひっかかってしまったのは、なぜか、ポール・マッカートニーの「No More Lonely Night」の邦題だ。 ポール・ファンならご存知のように、この曲の邦題は「ひとりぼっちのロンリーナイト」。 チャンネル・サーフィンをしていたら、たまたま目に入ってきて、こういう邦題だったことをすっかり忘れていて、 あらためて確認して驚いた。 とてもゴロがいいし、日本人に受けそうないい邦題だが、よく考えてみると、 これ、ひとりぼっちだからロンリーナイトなのは当たり前だろうとツッコミを入れたくなった。 これじゃ、いわゆる、「女のおばさん」、「馬から落ちて落馬して」と同じじゃないのかと。
それじゃ「二人だけのロンリーナイト」といういいかたはどうだろうと考えてみた。 三人以上になるとさすがにさびしさ感はうすれてくるが、詞的には二人はギリギリさびしさの範疇ではある。 さすがに「二人だけのロンリーナイト」ではあまりにもお粗末ないいかただが、 その感じをいい形で表現した魅力的なタイトルの曲がすでに過去にあった。 坂本九さんが歌った「一人ぼっちの二人」だ。 「上を向いて歩こう」というシンプルだが、インパクトのある詞を書かれた永六輔さんの詞だけに、 当たり前のように見えて、なかなか浮かんでこない、やられたな的すてきな表現だと思う。好きなタイトルだ。 ギターのジム・ホールとベースのロン・カーターのデュオによる、「Alone Together」という名ジャズ・アルバムがある。 内容もいいが、とりわけタイトルが好きだ。(デイヴ・メイソンにも同名アルバムがある。) 坂本九さんの「一人ぼっちの二人」に、もし洋題をつけるとしたら、このAlone Togetherがしっくりくるような気がする。 ついさっき、三人以上になるとさすがにさびしさ感はうすれるといったばかりだが、集団ならさびしくないかといったら、 なんとボズ・スキャッグスのWe're All Aloneというのもあった。発表当時、新しい言い方だなと思った記憶がある。 僕の弾き語りツアーのタイトル、I Stand Aloneは当初2009年だけこのタイトルで、 2010年からはAlone Againとしたかったが、そうすると、その次の年から先、どうつけていいのか困ったので、 I Stand Alone の後にシンプルに年号をつけることにした。 Alone Againはもちろんギルバート・オサリバンの曲のタイトルだ。いやはや、alone だけでここまで話しが広がるとは...。
さて、たわごとモードはこのくらいにして、ここからは正気に帰ろう。(笑) 今日、屏風浦にあるエンジニアの富さんのスタジオでミックスを終え、ようやく I Stand Alone Vol.3の曲順が決まった。 さっそく発表したいと思う。
<伊藤銀次 I Stand Alone Vol. 3>
01) トワイライト・シンフォニー 02) 恋のリーズン 03) 彼女のミステイク 04) BEAT CITY 05) 愛をあきらめないで
なかなか、予想どおりの曲もあれば、去年一度もライブで演らなかった意外な曲もあって、 きっとみんな早く聞いてみたくなっているのではないだろうか? そうだと、とてもうれしいね。 全曲すごくいい感じでプレイできたと思うのだが、とりわけ、「愛をあきらめないで」のアレンジと雰囲気は、 かなり気に入っている。BEAT CITYでもそうだが、絶対ギター1本では無理だと思っていたものが、 こうやって、またちがった命の宿し方で蘇るとは...。早くみんなに聞いてもらいたい気持ちは、 vol.1&2の時以上かもしれない。 とりあえず、vol.1&2のときと同じように、ライブ会場のみでの販売になるので、 ぜひ9月の名古屋、神戸、京都、横浜、各地のライブハウスに、僕のライブを見に来ていただいて、 そのスーベニールとしてゲットしていただけると、ありがたいです。
土曜日はOff Stage Talk 高野寛君との対談の最終回。ジムに通っているなど、意外なお話しが。 ある意味で最近の彼は、精神的肉体派と呼べるようなタフネスさを、そのまっすぐな視線に加えたことによって、 また一段と成長しているような気がする。どうやら、ミュージシャン螺旋階段の次の回りに入ったようだ。
厳密に言うと、いま僕の脳味噌はアウトプットよりもインプットを欲しているのかもしれない。 とにかく時間があったら本が読みたくてしょうがない。まさに読書の夏だ。 読んでいて印象に残った言葉や啓発される言い回しとかに出会うと、ノートにメモることにしている。 気持ちが弱っているときや、ぼやけているときにながめると、かならず元気になれるからね。 疲れた僕を元気にさせてくれた今週の「お言葉」は、星新一さんの「星のきまぐれメモ」に引用されていた、レイ・ブラッドベリの言葉、
『私は自分の潜在意識を信頼している。』
いやー、疲れてなんかいられない。なんともステキな、そしてなかなか言えない深みのあるお言葉ではないか。 疲れた脳味噌が心地よくマッサージされて、なんか自信がわいてきた。
伊藤銀次
□2010年07月25日号□
ううむ。今週の「週刊銀次」はいきなり冒頭からうなってしまった。 なぜならついさっきまで、武蔵小山のLive Cafe Againでトーク・イベントをやっていたからだ。 終わったあとも来てくださった小松さんたちと話し込み、 店長の石川さんと次回のスケジュール決めなどして家に帰ったらもう日付が変わってしまった。 ううむ。朝を見ないうちに書き上げられるだろうか?
そのイベントは「話し出したら止まらナイト」の第2回目。 前回は自分でCDやレコードをかけ、YouTubeで画像を映しながらしゃべったものだから、 段取りに煩わされて、肝心のお話しに集中できなかった。 (後で同録のDVDを見たら、その割にはよくしゃべっていたが...笑。) 今回はその反省から、操作を石川さんにお願いし、看板に偽りなきように、できるだけおしゃべりしようと始めたら、 その日のマクラのつもりの話しが思ったより盛り上がり、予定より長くなり前回よりもボリュームのある内容になった。 ほぼ2時間以上のひとりしゃべり。終わったらさすがに疲れたがこんな体験は初めてで心地よい疲れが残った。 黒板と白墨を使って、手塚さんのヒゲオヤジやヒョウタンツギを書いたり、 子供の頃はまったボードゲームや野球ゲームの話しもできたので僕は楽しかったけれど、お客さんも楽しんでくれただろうか? 参加してくれた方でこのブログを読んでいる方は、ぜひ率直な感想を、silvertoneまでメールで送っていただけるとありがたい。 参加していない人もぜひ次回は来てね。「話し出したら止まらナイト」だけど歌も歌うのだ。今回はカバーで次の3曲を歌った。
Dean Martin / Everybody Loves Somebody J. Frank Wilson & The Cavaliers / Last Kiss The Lovin' Spoonful / You Didn't Have To Be So Nice
基本的に「I Stand Alone」の方では自分のオリジナル曲メインなので、 「話し出したら止まらナイト」ではカバーで行くつもりだ。次回は10月17日(日)に決定。 予定ではフォーク・ロックを中心にしゃべろうかと思っているが、なにせまだ2ヶ月先のこと、どうなるかはわからない。 ミッシェル・ルグランになるかも知れないし、ララミー牧場になるかも知れないし、マージー・ビートになるかも、 はたまたそれらの合わせ技になるかもしれない。乞うご期待。
その2日前、7月22日アゲインに「話し出したら止まらナイト」の最終打ち合わせに来たときにうれしい再会があった。 その日アゲインでライブを演る本多信介になんと30年ぶりに会った。僕はお店のスケジュールで知っていたのだが、 彼は僕が来ることを知らされていなかったようで、驚いていたがとても喜んでくれ、再会の固い握手をかわした。
昔ぼくが「ごまのはえ」という日本語のロック・バンドを組んでいた頃、 彼はあの鈴木慶一が在籍した「はちみつぱい」のギタリストだった。 僕たちのマネージャーだった福岡風太が、 はっぴいえんどやはちみつぱいが所属していた風都市のスタッフと提携していたこともあって、 よく共演することがあり、東京に僕たちが出て来た時は、信介の家によく泊めてもらった。 お互いギタリストということもあったけれど、妙に馬が合った。 割とかっちりフレーズの輪郭を決めて弾かないと気が済まない僕に比べて、 彼のギターは一見つかみ所がないようにみえて、その実、構図の大きい独特の浮遊感のあるギターで、 僕が大好きだったクイックシルバー・メッセンジャー・サーヴィスのジョン・シポリーナや、 グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアみたいな自由さにあふれた感じが、自分になくてとても惹かれた。 80年代に一度、早稲田のアバコ・スタジオだったかで会ったきりになっていたので、とても懐かしかった。 僕にとっては一宿一飯の恩義ある彼なので、この日は石川さんとの打ち合わせが終わった後も、彼に会うために待っていたのである。
話しは唐突に変わるが、僕が一度だけあがた森魚さんのバックでギターを弾いたことがあるのをみなさんご存知だろうか。 それも「赤色エレジー」で彼がブレイクした頃のテレビ出演でだ。 僕の記憶では確か「ハートのクイーン」を演奏したように思うが定かではない。 その頃のあがたさんのバックははちみつぱいがつとめていた。同じ頃僕は「ごまのはえ」でまだ大阪にいた。 ある日福岡風太から電話がかかってきて、はちみつぱいのギタリストの本多信介が急病で(たぶん風邪だったと思う)、 今日だか明日だか詳しくは忘れたが、 関西テレビでのあがたさんの番組で代わりにギターを弾いてくれないかというめちゃくちゃ急な話しだった。 困ったが迷うわけにも行かなくて、結局はちみつぱいに混じって番組に出ることになったが、 後にも先にもこれが唯一のあがた森魚さんのバックでの演奏になった。 信介のおかげで(?)あがたさんとの共演が果たせたのだ。 「話し出したら止まらナイト」の準備があったので、残念ながら、アゲインでの再会のその日は、リハーサルを見ただけで、 僕は帰らなければならなかった。 別れ際に、「クイックシルバーみたいのやろうよ」って声をかけたけど、あれは半分本気だったのだよ、信介。 いつか近いうちにクイックシルバーみたいのやろう。ジャミーなのを、自由に。
Off Stage Talkの「伊藤銀次・杉真理のTalkへ行きたい vol.8 山下久美子X伊藤銀次」(全4回)の第一回が更新された。 女性ゲストはEPOさん以来ひさびさ。そして山下久美子さんと会うのは、実になんとほぼ30年ぶり。 1981年に僕がプロデュースさせてもらった、「雨の日は家にいて」のレコーディング以来。ここにも、もうひとつのうれしい再会だ。 あれから彼女にもいろんなことがあって、 今10歳になる双子の娘さんのお母さんだなんて信じられないほど、若々しい容姿に驚かされた。 ひさびさのアルバム「手をつなごう」を聞いたときも思ったが、 目の前で話す彼女の声が、また全然変わっていないのにもうれしかった。 あのキュートでおきゃんな(ちょと表現が古いか?)ロック・ヴォイスがそのまま健在なのだ。ぜひチェキラ。
Off Stage Talk http://offstagetalk.com/
星新一さんのエッセイ集、「きまぐれ星のメモ」をネットで手に入れて読み始めた。 星新一展を見に行ってそこに掲示してあった、星さんのいくつかの言葉が、とても含蓄のあるものだったので、 そして特にこの本からの出典が多いような気がしたので、おもわず注文した。 簡潔だがしっかりと余韻が残る、ただのシンプルではかたづけられない文章だ。 ただ1991年発行の文庫本なので、文字が小さいこと小さいこと。 そういえばいつのまにか文庫本も新聞も、文字が大きくなっていたんだと実感させられた。
いよいよ黒沢秀樹君とのなんでも音楽ユニットuncle-jamのライブ・デビューが決まった。 8月9日渋谷「SONGLINES」でのアコースティック・ライブに、 青山陽一君、若林マリ子さんと共に出演することが急遽決定したのだ。(パチパチパチパチ....)
open : 18:30/start : 19:00 前売り \2300 当日\2800 (Drink \500) お問い合わせ : SONGLINES 03-5784-4186
どんなライブになるのか、僕たちも今からワクワクしている。 uncle-jamの一回しかない初ライブ、 初々しい船出にみなさんぜひご参加を。
伊藤銀次
□2010年07月18日号□
今日は東高根森林公園の近くのオアシスというスタジオで、「I Stand Alone vol.3」のレコーディングをした。 vol.1とvol.2は新宿のレノンハウスというライブハウスで録音したが今回はスタジオ。 やはりライブハウスで録るときより、ぐっとレコーディングだなという気分が高まって最初はちょっと緊張したが、 昨年の35本のライブは、自分でいうのも変だが、すこし自分が成長している気がした。 いくつになっても少しでもがんばれば、少しずつでもよくなるものなのだ。 歌とギターの一体化というのは、ただただ実戦あるのみなのだとうれしい痛感。 もちろん歌とギターは同録。どっちかまちがえたらまたやりなおしだ。 今まさに目の前で演奏しているようなシズル感を感じてもらえればうれしいね。 秋のツアー、名古屋、神戸、京都、横浜のライブで販売します。とりあえず選曲はまだ秘密にしとこうかな。 どうかお楽しみに。
渋谷のHMVが8月中旬で閉店するらしい。今や音楽は配信で手に入れるものになってきたという一つの証か。 黒沢君との往復書簡ブログ、R&R Dairy 7月15日更新の「ブライトサイドを歩いていこう」でもふれたけど、 このネットの時代だというのに、僕はいまだにCD屋に行くのが好きだ。 やっぱり好きなものがいっぱい置いてあるところにいるのは気持ちがいいのだ。 それもできれば昔のパイド・パイパー・ハウスとか、武蔵小山にあるペットサウンズ・レコードのような、 お店のご主人の気配りが感じられる小さなお店だと、なお居心地がいいね。
昔からよく夢の中にでてくるレコード屋さんがある。 実家の近くの駅から電車で4つぐらい行った駅の、駅前の商店街を入って行くと、公設市場があり、その一番奥にある小さな店だ。 店の名前もなく、狭い間口に所狭しと壁いっぱいに、そしてダンボール箱にもたくさんの洋楽のレコード盤がおいてある。 どれも見たことも聞いたこともないアーティストやグループばかりで、 わおーっと狂喜乱舞しているうちにいつも目が覚めてしまうのである。 起きているときに(?)一度確認をしに、その駅まで行ったことがあるけれど、商店街も市場も、もちろんレコード屋さんもなかった。 現実に存在しないのだが、何度も夢の中にでてくるので、僕の中では半ば実在するに等しいお店になっている。 最近その夢見なくなったなあ。またあの夢の中のあのレコード屋さんに行きたいものだ。
そういえば家の近所の小さな本屋さんや文房具屋さんがいつのまにかなくなっている。 やがて文字はコンピューター上で読むものになり、いずれXX屋さんという言葉すらなくなってしまうのだろうか?
黒沢君も交えて、初めて石田ショーキチ君と町田の沖縄料理店で呑んだ。 といってもお酒をやめて一年以上になる僕は、みんなが泡盛だ琉球ハイボールだなどとメートルが上がっている中、 うっちん茶とさんぴん茶(むこうの言葉でウコン茶とジャスミン茶のことらしい)を交互に。 同じマネージメント、emcに所属していながら、しかもoff stage talk仲間でありながら、 ずっと前に青山陽一君のライブで一度挨拶したくらいで、ゆっくり話す機会がなかった。 いやー、おもしろい男だ。ナイスガイ! 黒沢君もいい友達を持って幸せだなー。 ヒデキングと呼ぶくらい許してやんなよ、なんて無責任にも思ってしまった。(笑) 秀樹・銀次のパブロック観とショーキチ的パブロック観のちがいも面白かったが、 僕は彼がストック・エイトキン・ウォーターマンにめちゃくちゃ影響されているのが意外で興味深かった。 まさかリック・アシュトレーの話しをショーキチ君とすることになるとは!うれしい驚き。 さすが「日本グランジ界のナイアガラ系」(?)だけの事はあるね。(笑)。 詳しくはショーキチ君のサイトでチェッキラしてくれい。彼の文章もおもしろいから。
☆SHOKICHI ISHIDA OFFICIAL WEB SITE │ diary http://scudelia.net/diary/
音楽で大成功しても、ぜひ彼のチャーハン専門店も開いてほしいところだ。開店の日に並んでも食べ行くから。
先週あまりにも書くことが多くて書けなかったが、 伊藤銀次のDear Music 「松尾清憲X本秀康X伊藤銀次」の Off stage Talk バージョンがアップされている。
<http://offstagetalk.com/commetalkPlayer/play00003619.php>
二人の音楽とマンガによるコラボ「チョコレート・ラブ」の制作秘話。16日に2回目がアップされた。 主人公が中学生なのは、カレーを登場させるためというのは面白い発想。 カレー→給食→中学生という連想ゲームなのだそうだ。 そして、今までのアルバムだと、コードがメジャーの曲とマイナーの曲とのバランスをとっていたが、 なぜか今回はメジャーの曲ばかりになったという松尾さん。しかも「犬」が主人公の歌まである。 本さんの「ヴィジュアルな説明があると歌も冒険できるのでは」という言葉になるほどとうなづけた。 歌が密室の中でただ歌として存在するよりも、他のカルチャーと共にオープンに存在する方が生き生きしているような気がする。 松尾さんと本さんと同じように、ちょうど20歳離れている僕と黒沢君。 uncle-jamもなんらかの別カルチャーと共存して行ける音楽も作って行きたいと思う。 だって音楽なんでもプロジェクトなんだから。
そして同じく Off Stage Talk 「伊藤銀次・杉真理のTalkへいきたい」高野寛君との対談の第三話がアップされた。
<http://offstagetalk.com/commetalkPlayer/play00003505.php>
高橋幸広さんを中心とするPupaの2ndの話しから始まり、話しは深くなったり広くなったり。 それにしても高野君は直感的なことや抽象的なことをうまく説明できる人だ。しかも音楽だけでここまで盛り上がれる。 本当にMusic Is My Life なんだな。ポール・マッカートニーの作曲のエピソードと共に語られる、 「残ってほしいと思って曲作りしている」という言葉を聞いて、 だから高野君のメロディーってあんなに浸透力があるのかと納得させられた。 その彼がさらに詞にめざめ、もっと体にこなれた作品作りを目指してるという。次のアルバムが今から楽しみだ。
8月7日(土)の「Pied Piper Days-ようこそ夢街カフェの指定席へ」の40回記念のイベントにゲストで呼んでいただくことになった。 スペシャルということでWゲスト、もう一人のゲストはなんと、 竹内まりや、フリッパーズ・ギター、L⇔Rなどに関わってこられた音楽プロデューサーの牧村憲一さん。 僕も昔一度いっしょにお仕事させていただいたことがある。サーフローラーズという企画もので、残念ながらボツってしまったが...。 数々のすばらしいアーティスト達とのどんなエピソードがまじかで聞けるのか、 僕は出演者だというのに、今からそれがとても楽しみでならない。 場所はJVCケンウッド丸の内ショールームで、時間は15:45開場で16:00からたっぷりと。 入場無料だけど、参加には予約が必要です。事前に予約のない方は参加できないとのこと。
予約受付は:JVCケンウッド丸の内ショールーム<TEL:03-3213-8775>までお願いします。
最後にいよいよ来週土曜日、 7月24日にせまった、武蔵小山 LiveCafe Again でのトーク・ライブ、「話し出したら止まらナイト」。 いつもの僕のライブとはちがってしゃべりたいだけしゃべろうと思っています。 もちろん曲も歌うけれど、ここはひとつ「おしゃべり銀次」を楽しみに来てください。 会場は17:00、スタートは18:00から。ワンドリンク付いて2000円。 そんなめちゃくちゃ広いスペースではないので予約していったほうが確実にすわれるよ。
予約とお問い合わせは : LiveCafe Again <TEL : 03-5879-2251 s.ishikawa@cafe-again.co.jp>まで。
当日は来てくれたみなさんからのその場の質問に答える「目安箱」のコーナーもあるので、 ぜひいっしょに楽しく、まったりとした時間を過ごしませんか?
伊藤銀次
□2010年07月11日号□
あっというまに一週間が立ち、今週のココロになってしまった。 先週の「週刊銀次」の最後に予告していた、来週のココロの話しをしよう。
僕とuncle-jamというユニットを組んでいる黒沢秀樹君がツイッターを始めていることは話したよね。 僕は性格的になにごとにもどっぷりイキやすいので、もう少しどんなものか様子をみてからにしようと、 黒沢君や知り合いの on Twitterをここんところ、ちらちらと観察していた。 こう見えても意外と石橋を叩いてみたりするところもあるのです。 ある日、「talkへ行きたい」で対談したばかりの高野寛君 on Twitter を見ていたら、そこに
うぅむ。「成功について」:内田樹の研究室
というつぶやきがあった。内田樹の研究室? どこかで見たことがあるぞ。なんだこのデジャブは。 はたと思い当たったのは、7月24日に「話し出したら止まらナイト」でまたお世話になる、 武蔵小山のLiveCafe Againの店長、石川さんのプライベートHPだ。 その中にあるリンク・ページで、内田樹の研究室なる文字を見たことを思い出した。 しかも、うぅむとあの高野君がうなっているではないか。これはきっとうなるだけの含蓄のあるものにちがいない。 さっそく「内田樹の研究室」のページに飛び、拝見して一度でファンになってしまった。 一つコラムを読んではまた次のコラム、又次というように、 その明快な視点に感心し、その夜は止まらなくなってしまうほどだった。
翌日の渋谷の紀伊國屋書店。 前から気になっていた「日本辺境論」が面出ししてあったので手を伸ばしてみると、なんと著者が内田さん。 迷わず買って帰り、読み出すまえに、いったいどんな風貌の方なんだろうと気になり、ネットを開き今度は画像を探してみた。 あった、あった。「内田樹の日常写真館」というページがあったので入ってみたらこれまた驚き。 なんとそこには内田さんとツーショットで、親指を立ててOKサインを出してる僕が映っているではないか!?
日付は2006年12月19日。 そうか、あの芦屋のレフトアローンで紹介された、ワインでほんのり染まったお顔の方が、内田樹さんだったのか。 なにやら大瀧詠一さんに会えたというようなことをおっしゃっていたことを、 潜水病になりそうな勢いで海底から浮き上がったときのように思い出した。 無知というのは恐ろしいもので、それはよかったねなんて軽口をたたいたような気がする。 うぅむ、今度は僕が別の意味でうならなきゃならなかった。 まったくもって、不勉強の極みで穴があったら入りたい心境だ。
ちょうど5年前、僕の小中学校の同級生の村主君から、中学卒業以来の突然の電話があった。 彼は兵庫県宝塚市にある中山寺のご住職なのだが、ロックが好きで、芦屋のレフトアローンというライブハウスで、 彼の仲間達とで作っているサンデーズというバンドの発表会というか、 ホームパーティーをやるので、遊びにきて歌ってくれないかというのだ。 村主君のことはしっかりと覚えていた。 小学6年のとき、6年生全員の中から3人が選ばれて、学芸会であの狂言「ぶす」を演じる事になった。 その3人のうち、太郎冠者に村主君、次郎冠者に僕が選ばれた。とてもむずかしい芝居で大変だったが、 協力し合いなんとか本番にこぎつけ、とても評判がよかった。 その体験は一生忘れられない楽しい記憶となって僕の中に生きていたのだ。 僕はこころよく引き受け、その結果12月19日に村主君達と共演した、美容室を経営する光安さんという方に、 内田樹さんを紹介されることになったのだ。詳しくは内田樹の研究室、伊藤銀次@Left Aloneの回を見ていただきたい。 そして今年も7月20日のレフトアローンでの村主君のパーティーにお邪魔させていただく。 もし内田さんが来られたら、前回の無知からの非礼を詫びたい心境だ。
uncle-jamを結成してから、気のせいか出会いがさらなる出会いを生んでいる気がする。 7月7日、武蔵小山アゲインで小松久さんのライブ、「大好きロックンロール・ギター#5」に、黒沢君を誘って行った。 小松さんが自ら制作したオケをバックにテレキャスターを弾きまくる、テレキャス好きにはたまらないライブ。 この日は20曲2時間たっぷりと楽しめた。 小松さんも僕や黒沢君に負けず劣らずの雑学派で、曲にまつわるお話しもへーっと思える話題で楽しめたが、 こんなことをいっては失礼かも知れないがヴォーカルがとても素敵だった。 ハンク・ウイリアムスの影響のある節回しに、カントリーに対する深い憧憬を感じた。 第2部はなんとジョニー・リバース特集。僕は生涯で僕以外のジョニー・リバースのファンに会ったのは初めてだ。 ニック・ロウもカバーしている名曲、Poor Side Of Town も聞けてとても幸せな気分だった。 この日はそれだけではすまなかった。なんとザ・サベージのリードギター林廉吉さんがゲスト。 林さんがリード、小松さんがリズム・ギターで、シャドウズの「春がいっぱい」と「ボッサルー 」が聞けたのだ。 ザ・サベージといえば、寺尾聡さんがベーシストとして在籍したグループ・サウンドとして有名だが、 僕にはプロ・デビュー以前、「勝ち抜きエレキ合戦」で優勝したザ・サベージという印象が強かった。 ほとんどのバンドがヴェンチャーズのコピー・バンドだったのに、唯一ザ・シャドウズの曲を演奏していた。 僕がシャドウズを好きになったのはザ・サベージの影響が強い。 当時憧れだった林さんのプレイを目の前で見れてお話しができたなんて、 こんなに長くプロの音楽家でいるはずの僕なのにいきなりミーハー気分、夢のような出来事だった。
翌日もアゲインで土橋一夫さんホストの「泰安洋行ナイト」。 僕はティンパンではなかったが、細野さんの「トロピカル・ダンディ」でギターを少し弾かせてもらった。 その日のゲストは当時のティンパンのマネージャーだった長門芳郎さん、レーベルのディレクターだった国吉静治さん。 長門君にはよく会っていたが、国吉さんとはひさしぶりだったので会いにでかけることにした。 国吉さんにはDeadly Driveの「あの時はどしゃぶり」でフルートを吹いてもらったしね。 いきなりお客の僕に話しがふられて戸惑ったけど、中身の濃いいいイベントだった。 お客さんの中に黒沢君の知り合いが多くて,終了後もそれでまた盛り上がった。
イベントといえば、今年の秋のツアーで東京が入っていないことがちょっと気になっていたのだが、 8月14日にアップルストア銀座の3Fシアターで1時間ほどのライブをやらせてもらうことになった。 「銀座で銀次」ってわけだ。ぜひみなさん見に来てくださいね。 そして昨年ライブ会場でしか買えなかったCD 「I Stand Alone vol.1」と 「I Stand Alone vol.2」が、 7月28日から、Amazon、タワーレコード、HMVなどで買えるようになるそうだ。 ぼくのサイトにも事情があってライブに来れない方からCDを買いたいというメールがあった。 これでようやく買えるね。よかった、よかった。
ただくれぐれも誤解なきよう。silvertoneは僕のオフィシャル・サイトの名称であり、 「I Stand Alone」シリーズを制作しているレーベルであって、マネージメント・オフィスではない。 現在の僕のマネージメント・オフィスは<emc>といいます。 僕へのファンレターやプロデュースやライブ、出演のご依頼などがありましたら、 ぜひこちらまでご連絡お願いいたします。(急にていねいになったりして) <有限会社イーエムシー / emc CO.LTD.> 〒107-0062 東京都港区南青山7-4-14 南青山サンハイム 201 info@ex-music-com.net
伊藤銀次
□2010年07月04日号□
筋肉少女帯の曲に「日本インド化計画」というのがあった。 その呪文がじわじわ効いてきたのか(?)、どうも日本はインドまでとはいわないが、 ますます亜熱帯化してきた気がする。 古来から日本人がなじんできた四季がわかりにくくなれば、 もはやどこから梅雨でどこから夏なのかもわからなくなってくるだろう。 僕の「こぬか雨」の歌詞もそのうち、 「ここにはスコールさえもない 表はそぼふるこぬか雨」を、 「ここにはしとしと雨もない 表はドカふるゲリラ雨」に変えなければならなくなるのだろうか?。 そうすると曲のタイトルも「ゲリラ雨」か。風情もなにもあったものじゃない。
Off stage Talk 「伊藤銀次・杉真理のTalkへ行きたい」、 高野寛君との対談の2回目が土曜日アップした。 前回よりさらにうちとけてきて、話しがくだけて来た感じがする。 高野君のツイッター感がユニークだが実に的を得ていておもしろい。 黒沢君の話題も飛び出し、「僕らトラヴェリング・ウィルベリーズ(?)」の話しにまで発展した。 くわしくは本編で。
http://offstagetalk.com/commetalk/commetalk00003501.php
それにしてもくだけてきたのはいいが銀次、しゃべり過ぎだろ。聞き役にもかかわらず ...。 ザ・コレクターズの加藤君に「銀次さんはひとりでしゃべってるから」といわれたのはこのことか。 ガック然...。 高野君ファンのみなさんごめんなさい。なんせもともと「話し出したら止まらナイト」なもんで...。 反省。
小路幸也さんから新作「僕は長い昼と長い夜を過ごす」を送っていただいた。 なんと全400ページ余りの大作だ。 「東京バンドワゴン」シリーズをまだ読破していないのだが、そちらは楽しみにとっておき、 新作の誘惑に負けてさっそく読み始めてしまった。 出足からエッていうちょっと変化球、それでかえって吸い込まれるように話しに入っていってしまう。 小路ペーソスはかわらずの暖かい文章。 どうもありがとうございました。楽しませてもらいます。
昔読んだ小此木啓吾さんの本によると、幼児期、少年期には誰でも全能感というものを持っているらしい。 自分はなんでもできるという気持ちだ。 ドラえもんの「どこでもドア」の存在が信じられるのも、正太郎の操縦器に操縦桿が二つしかついてないのに、 鉄人28号がいろんな動きができることに何も疑問を感じないとか、これも幼児期、少年期の全能感のたまものだ。 やがて歳をとるたびにこれは薄れてくる。 現実に直面して、何ができることでできないことかを知って、いやが王でも長嶋でも(古ッ)大人になってくる訳だ。
中学2年の時、ビートルズを知った頃の僕は、まだ80%ぐらいの全能感を持っていたようだ。 ほうきをギター代わりに、大きな音でビートルズをかけながら歌っていると、夢は世界を翔ていた。 マジで。(笑) いつか妄想は果てしなく頭の中に広がり、まだろくにギターも弾けないくせに、同級生と実体のないバンドを組み、 画用紙でレコードのジャケットを作ったりしていた。 学校に持って行って、メンバーである(?)友達に見せるとエライうけたのを覚えている。 まあ妄想というより、ビートルズごっこみたいなものである。
メンバーは5人で、リード・ヴォーカルの宮脇君の頭文字をとって「M & The Fingers」。 宮脇君というのは、僕に「Please Mr. Postman / Money」のシングル盤を貸してくれた、 ポップスの世界へ僕を誘ってくれた、いわば導師のような存在だ。 エルビスやクリフ・リチャードを歌わせるとゴキゲン。なのでリード・ヴォーカル。 デビュー・シングルのタイトルは「涙を抱きしめよう Get Hold Of Yourself」。 もちろん曲はまったくできていない。(笑い) 辞書を引いて見つけた慣用句がこれで、当時のマージービートの曲のタイトルっぽいのでこれだと(笑)。 ウォーカーブラザースの「Make It Easy On Yourself」の影響もあったかも。 「涙の乗車券 Ticket To Ride」のように、英語の原題と日本語の副題がつけらているところに、 そのあたり好きな証拠があらわれている。
完全な曲はなかったものの、なんとなくタイトルの♪Get Hold Of Yourselfのメロディーだけが頭の中に鳴っていたが、 如何せん、ギターがまったく弾けなかったどころか、持ってもいなかったので、曲にする術をしらなかった。 でもその当時はそんなことはどうでもよかったのである。(笑) ごっこだったのだから。 今から思えばほうきのギターが一番弾きやすかったなー。(笑)
当時、東芝のオデオン・レーベルから発売されていたビートルズのライナー・ノーツは高崎一郎さんが書かかれていた。 その文章を参考にして、ライナーノーツも自分でそれっぽく書いたりした。たぶんこんな感じだったと思う。
世界中を吹き荒れたビートルズに始まったリバプール・サウンド。彼らに続いて、ついに日本から世界へ飛び立った 日本製のリバプール・サウンドの登場です。その名もM&ザ・フィンガーズ。さきごろ全米全英NO.1に輝いたばかりの 「涙を抱きしめよう Get Hold Of Yourself」をご紹介しましょう。
うーん、かなり恥ずかしい。しかも日本製のリバプール・サウンドって、意味がわからない。(笑) 残念ながら画用紙に書いたジャケットはどこかへいってしまったが、 武蔵小山Livecafe Agianでのトークイベント「話し出したら止まらナイト」の第一回で、 僕の音楽との出会いの話しをすることになり、小学校、中学校の記憶をたどっているうちに、 もうずっと記憶のかなたにあった、そのタイトル部分のメロを突然思い出した。 そこでこの話しを黒沢君にして、その続きを作ってみようと思うんだけどと提案したら、 えらくおもしろがってくれ、やりましょうやりましょうってことで、なんとあっというまにできてしまった! ついに構想(または妄想?)から40年以上たって「Get Hold Of Yourself 〜涙を抱きしめよう」が完成を見たのであった。 こんなことってあるんだね。おかげでuncle-jamの、他にないエピソードつきのレパートリーがひとつ増えた。
5月21日 ZEPP東京での岡林さんのライブはすばらしかった。フォーク・ソングという小さな器には入りきらない、 岡林さんの幅広い音楽性と長い道のりの頂点をみたような気がした。 アコギのみのセット、そして80年代から続けて来て今円熟期に入った岡林流エンヤトットに加え、 今回は徳武博文、六川正彦、浜口茂外也三氏によるひさびさのロック・セット、 さらに山下洋輔さんも参加、実にバリエーションに富んだ贅沢なステージだった。 1月に出した美空ひばりさんのカバーアルバムからの曲も演奏された。 僕はその中でも、ひばりさんの詞に岡林さんが補作しメロをつけた「レクイエム」にまたジーンときてしまった。 そのツアーのファイナルがCCレモンホールで7月18日に行われる。 もし「フォークの神様と」いう狭いレッテルをいまだに岡林さんに張り付けている人がいたら、ぜひCCレモンホールへ。 僕は当然見に行くよ。このツアーの集大成をこの目で確認しに行こうと思っているから。
黒沢君との往復書簡ブログ「uncle-jamの R&R Diary」にも書いたが、 黒沢君から梅田望夫さんの本などを何冊か貸してもらっていながら、 なお読みたい本が多くてせっせと購入したりするもんだから、最近どんどん「つん読状態」になってきている。 その中には、前から気になっていた「日本辺境論」も含まれているのだが、 なんと、その著者の内田樹さんと僕がすでに出会っていたという話題については、来週のココロだ!
伊藤銀次
□2010年06月27日号□
黒沢君との作業が、そしてブログが始まったおかげで、前よりもっと音楽を聴くようになった。 それは会話のなかに出てくる音楽を、ひさびさに聞き直す機会が多くなったからだ。 おかげで、ついこないだまではカーター&ルイス、マッコーリー&マクレオドなどの英国60年代作曲チームにはまっていた。 これも黒沢君がトニー・マコーリーの曲が好きだということがわかったからだ。 最近は黒沢君がR&R Diaryで話題をふってきた、ジョン・オーアやアレックス・チルトンの影響で、 90年代米国ポップロック再検証を始めた。影響を受け影響をあたえるってなによりもすてきなことだ。
この「週刊銀次」ではもっぱら、「だ・である」という文体で使っている。 いっぽう、R&R Diaryでは、「です・ます調」で書いている。 不思議なものだが、そのちがいで、異なった人格が同じ自分の中から出てくるような気がしている。 着る服や髪型が変わるとちょっと気分が変わるように、言葉使いが変わると人格まで変わってみえるのだろうか?
ちょっと前の話しだが、あの山形弁でおなじみのダニエル・カールさんが 、「英語でしゃべらナイト」に出ていたとき、初めて流暢に英語を話すところを見た。 こんなことをいうと失礼かもしれないが、英語のカールさんはとてもクールでシャープでかっこよくみえて驚ろいた。 山形弁のときのひょうきんさがまったくない。まるで別人なのである。言語はキャラにこんなに影響をあたえるものか。 言語によってユーモアの感覚もちがってくるのだろうか?
4月29日からずっと星新一展が開かれていた。 行こう行こうと思っているうちに、いつのまにか最終日の6月27日がせまってきた。 小雨の中、あわてて前日の土曜日に、芦花公園にある世田谷文学館まで見に行って来た。
中学生の頃、友達から薦められたSFマガジンでサイエンス・フィクションの面白さを知った。 海外TVドラマの「ミステリーゾーン」が好きだったから、始めはとっつきやすい短編から入っていった。 その友達から借りた短編集、フレデリック・ブラウンの「未来世界から来た男」、「天使と宇宙船」 そして星新一さんの「妖精配給会社」が、とにかく面白くて時間を忘れて読みふけった。
そこから入って、ブラッドベリやハインライン、アシモフ、クラークを経て、 やがてディックそしてサイバー・パンクに至るまでのSFファンになってしまうわけだが、 星新一さんはそんなぼくのSFの入り口なのだ。それでも特にめちゃくちゃはまっていたわけでもないのに、 なぜか星新一展があると聞くと、行きたくて行きたくてしょうがなかったのはなぜだろう?
土曜日なのと、もう明日で終わりということでか、小雨まじりなのに思っていたより混んでいた。 年齢の幅が広くてそれが意外だがうれしい。展示の仕方がとてもオシャレで見やすかった。 展示に珍しい発見が多くて、1時間以上いたかも知れない。
星新一さんのお父さんは、日本で初めての薬品の全国のチェーンストア、 日本で最初にモルヒネを精製することに成功した星製薬の社長さんで、 アイデアにあふれたすごい人物だと、恥ずかしながら初めて知った。 新一はペンネームで、本名の親一は星薬品のスローガン、「親切第一」からきているらしい。 ロスで逝去した後、長男だった星さんが継ぐことになるのだが、会社は経営不振になり最終的には人手にわたる。 その頃SF作家となってやがて成功をおさめることになるわけだから、実に数奇な人生だ。
代表作の下書きも展示してあったが、その下書きの文字の小ささと丁寧さには驚かされた。 Hか2Hの鉛筆でかかれているのではと思えるほど、細書きの小さい字でびっしりと書かれている。 CDのライナー・ノーツの文字より小さい。僕の視力ではとても読めなかった。僕の乱雑な下書きとえらいちがいだ。
展示物の中に、受付番号6108番の「火星土地分譲予約受付証」というのがあった。星さんの所有物である。 「貴殿は火星に拾万坪の土地を持っている」と書かれ、火星人たる心構えとかが書かれている。 ちょうど、引き継いだ会社がヤバかった頃に「日本空飛ぶ円盤研究会」に入っていたという。 その研究会の友詛団体、日本宇宙旅行協会が発行したものらしい。これは本気なのか、ユーモアなのか? もしユーモアだとすると、どん底にあったときに、このユーモア感覚はなんなんだろう?
出口近くにヘッドフォン付きの座席があった。1974年の彼の講演「ひらめきの法則」が聞けた。 意外にもショートショートのオチでは悩まないそうだ。アイデアさえ決まれば詰め将棋のようにスムースに行く。 むずかしいのはアイデアで、全然ちがったものを無理矢理むすびつけるらしい。 オチではなく異常でおもしろいシチュエーションを作ることが大事だと語っていた。 むむ、なにやら曲作りにもいえるかも。 サビから作った曲より、頭から順に作って行った曲のほうが面白いことが多いからだ。 出だしからおもしろくないとだめなのだ。なんだか来てよかった。
明治時代に特別な思いがあったようで、 壁に書かれていた星さんの「夜明けあと」という著作物からの抜粋がとても印象的だった。
「少年時代私のまわりには明治がたくさんあった。 江戸時代の長い鎖国のあと、文明開化の大変化、 普通だと内乱状態だろうが意外に平静でユーモアもある。 落語を育てた社会のつづきを感じる。 明治時代には夢や将来への期待や面白いことがいっぱいあった。 それを知っていただければそれでいいのです。」
そして会場に星さんの等身大の看板が立ててあり、そこに彼の言葉が書かれていた。
「われわれが過去から受け継ぐものはペーソスで 未来に目指す物はユーモア」
心の深いところに染みわたる言葉だった。 この言葉を経験するために僕はここまで足を運んだのかもしれない。 自分の心の中に聞こえているものに従って、やっぱり来てよかった。ペーソスとユーモア。 星さんからバトンをもらったと勝手に解釈して、僕は家路を急いだ。
伊藤銀次
□2010年06月20日号□
子供の頃から、花の名前がなかなか覚えられない。何度教わっても忘れてしまう。 きれいだなとは普通に思うけど、たぶんそんなに興味がないのかもしれない。 音楽のことならよく覚えているのに。 たぶん一日のほとんど、なんらかの音楽にまつわることが僕の頭の中を支配しているのだと思う。 そんな僕でも紫陽花は判る。
<アジサイの 花のしずくのように きらきらと 蘇る輝き>
わがココナツ・バンクの「天気予報図」の一節。 じめじめとした梅雨は好きではないが、 そんな嫌な気分を和ませてくれるのが紫陽花。 だが今年はどうも紫陽花の育ちがよくないらしい。
おかしな気候は相変わらず続いている。 エコを単なるビジネスとして考えるのではなく、 全人類をあげて本気で対策を講じないとヤバイのではないだろうか。 同じことは日本の政治にもいえる。何かというと他の政党の悪いとこ探しだ。 小さなことで足をひっぱっている暇はない。いいことで他の政党と差をつける発想にならないものか。 一致団結してなんとか日本を救おうって気概が彼ら全員にほしい。
黒沢秀樹君と始めた往復書簡 uncle-jamのR&R Diary、もう見ていただけただろうか? 賛否両論いろいろあるだろうが、僕はやたら楽しい。 やっぱり二人とも洋楽で育ち洋楽がほんとうに大好きなんだと思う。 僕らを育ててくれた英米のポップスやロックに、今でもすごくリスペクトを持っているんだなと改めて実感した。
ちょっと夢中になり過ぎるとPCに向かう時間が長くなりがちで、最近目が疲れてしょうがない。 黒沢君はさらにtwitterも始めたので、最初の一週間で肩がこったそうだ。 引き続き話しの行方がどうなるのかは僕らにもわからない。 なんだか音楽雑誌の編集やラジオ番組をやっているような気分だ。
昨日からネット内のトーク・サイト「伊藤銀次・杉真理のtalkへ行きたい」のvol.7がアップになった。 今回から4回続けて高野寛君との対談。 一回目は、編曲と作曲の垣根の話し、ソロとバンドでの曲作りのちがい、最近の曲の作りかたなどで盛り上がった。 高野君もジェームス・テイラー&キャロル・キングのライヴに行ってとてもいい影響を受けたようだ。 詳しくはサイトのほうで。
アップされた対談を聞いてみたが、どうも僕はせっかちでいけない。 もうほんの少し高野君の話しを待ってから話し出せばいいのに。性分なのだろうが、ただただ反省反省。
そんな高野君が翌日、Twitterで黒沢君を経由して、 ウイル・リーとビートルズ好きの仲間達が、 アビーロードのB面を完全コピーして演っているスタジオライブが見れるサイトを教えてくれた。
☆The Fab Faux - Abbey Road Side 2 (mostly) http://vimeo.com/11237479
mostlyというように、Here Comes The Sun とBecauseを外した、 You Never Give Me Your MoneyからHer Majestyまでを ワン・テイクでダビングなしで演奏している。
これがかなりすごい! クチパクじゃないかと疑ってしまうくらい。ほとんど全員がマメに楽器を持ち替えるのもまたニクい。 それにしてもみんな歌がうまいのには参るね。高野君、面白いもの教えてくれてTHANX!
なんだかTwitterおもしろそうだ。ウーン、どうしようかなー? 何事にもAddictedな性格だから、妙にハマると、とんでもないことになりそうだからなー。 もうちょっと考えてみることにした。
黒沢君との往復書簡でThe Posiesに触れたので、 Jellyfishなどの90年代ポップ・ロック集団のことを聞き直したり調べ直していたら、 なんとウィル・オウズリー(Will Owsley)が亡くなっていたことを知った。 今年の4月30日、まだ44歳という若さでだ。しかも自殺らしい。惜しい、なんて損失だ。
1993年にウィル・オウズリーとミラード・パワーズが、 ドラムにザック・スターキーを迎えて発表したザ・セマンティックス(The Semantics)のアルバムは、 トッド・ラングレンの遺伝子を持つ、すばらしいポップロックアルバムだった。 彼はこのアルバムで、ビートルズからトッドに流れて来たメロディー・ロックの後継者の一人として名乗りを上げたのだ。 トッド、10cc、XTC、クラウディッド・ハウスが好きだというだけあって、メロディー重視のロッカー。 ソロになり発表した「Owsley」も、至る所にビートルズの匂いのする好アルバムだったが、 あまり話題にならなかったようだ。彼の生涯のフルアルバムを紹介しておこう。
☆The Semantics / Powerbill (1993) ☆Owsley / Owsley (1999) ☆Owsley / The Hard Way (2004)
ベン・フォールズとも交遊があったという。 残念ながらベン・フォールズに微笑んだポップスの神も、オウズリーに微笑むことはなかったようだ。 実に残念でならない。
The SemanticsはYouTubeにも上がっているので、ぜひチェックして彼の才能を実感してください。 もし気に入った人がいたら、アマゾンで探せばまだ買えるかも。
最近は内外ともに訃報が相次いで、なんとも言えない気持ちになりがちだ。 uncle-jamのR&R Diaryでもふれた元Box Tops、Big Starのアレックス・チルトンも、 今年の3月17日に亡くなっている。なんと僕と同い年だ。
<アジサイの 花のしずくのように きらきらと 蘇る輝き>
神様がいるとしたら僕はまだ生かされているということかな。 黒沢君に会えて、そこから何かが動き出したことも、何か意味のあることなのだろう。 お酒もやめたし、心と体に気をつけて、まだまだやりたいことをやって行くよ。 どうか応援してくださいね。
伊藤銀次
□2010年06月13日号□
人間誰しも、ちょっとした勘違いというものはあるものだ。 僕の場合ときどき、伊東銀次と書かれたり、伊藤銀二と表記されたりすることがある。 そのくらいなら、「まあしょうがないか」とながせるが、 さすがに「それはないでしょ」と思った出来事があった。
昔ある音楽雑誌の担当者から、はじめて電話がかかってきて原稿を頼まれた。 何の原稿かはもう忘れたが、 「ぜひ銀次さんに、ぜひ銀次さんにお願いしたい!」ということなので、 いつもよりもはりきって書きあげた。
手渡し場所は、当時よく編集者の方たちが指定してくる、 今はもうないが、歌舞伎町の入り口あたりにあった喫茶店。 挨拶もそこそこに、さっそく彼は原稿を読み始め、 読み終えると 「すばらしい、ありがとうございました。いい感じです」。 というわけで、僕もほっとしてゆっくりとお茶を飲もうとすると、にこにこ顔でその担当者、
「僕は銀次さんがいたころのRCが大好きでしてねー...。」
おいおい、それは小川銀次だろうって! 即座に 「あの、僕RCのメンバーだったことはないんですけど...。」 鳩が豆鉄砲というのはあのときの彼の顔のことをいうのだろう。 平謝りされたものの、この人ずっと僕のことを小川銀次さんと勘違いしてたんだと思うと、 そこから先あまり会話ははずまなかった。
きっと小川銀次さんも同じような経験を今までになさっているのではないか? そんな気がしてならない。 あの頃、音楽業界に銀次は彼と僕ぐらいだったからね。 僕は何も悪いことをしたわけでもないのに、 未だに小川銀次さんに申し訳ないことをしたような複雑な気持ちでいる。
松尾清憲君が、イラストレーター・漫画家の本秀康君と、 音楽と漫画のコラボという画期的な作品「チョコレート・ラヴ」を発表したので、 6月9日、 iPhone*iPod FanのDear Musicの取材で、お二人と対談させていただいた。 詳しくは6月25日発売の本誌を見ていただくとして、 今回コラボだけあって、初のカントリー&ウエスタン「ワイルドマウンテン」など、 今までの松尾君の曲調にはない曲もあって、とてもおもしろい作品になっている。 中でも「のそのそ」は、「松尾清憲の中にランディー・ニューマンを見た!」と 思わず叫びたくなるほど新鮮で大好きな曲。 そしてこの曲もかわいいが、漫画がなんともやさしくかわいい。
本さんの絵は「無人島レコード」やCD「カントリーロックの逆襲」で見ていて、 どこか杉浦茂の影響を感じる絵だなと思っていた。 僕は幼稚園と小学校低学年の頃、杉浦茂の「ドロンちび丸」 「猿飛佐助」にひたっていた子だった。 出てくるキャラが 「ころっけ五円の助」とかどれもおいしそうで、 悪者がやられるときの「よしなよ」とか、どっかのどかなところが大好きだった。 ご本人に聞いてみると、やっぱりそうで、 最近はやっとその影響から自分らしいタッチになってきたとのことだった。 うっかり、どことなく杉浦茂の「大平原児」のような西部劇ものの影響を感じますといってしまい、 後で調べてみると、これは川崎のぼるが書いていた西部劇漫画のタイトルだった。 しまった、正しくは「弾丸トミー」だった。 きっと僕がまちがえたのわかってたけど、黙っててくれたのかも。 ありがとね。ちょっと恥ずかしい。
大のジョージ・ハリソン好きで、 ザ・ビートルズの歴史は、ジョージの音楽家としての成長の歴史だと言い切っていたのが印象的だった。 こんなにジョージが好きな人には初めて会った。 僕と会った記念に、ご自身の「レコスケ・レディオショウ」で「こぬか雨」をかけてくれた。 うれしくて、企業秘密(?)の「こぬか雨とFar East Manの関係」をメールで教えてあげたら、とても喜んでくれた。 今度ゆっくりジョージ話に花を咲かせましょう!
6月11日に、その「チョコレート・ラヴ」発売記念イベントが南青山マンダラであったので、うきうき出かけた。 司会はこのプロジェクトの仕掛人、CDジャーナルの藤本国彦さん。 第一部は松尾君、本さんに、司会の藤本さんを交えてアナログ盤の鑑賞コーナー。 松尾君は、ロイ・ウッドがザ・ムーヴ以前に所属していたグループの曲など、レアで松尾君好みの選曲。 かけなかったけれど、JTの「キャロライナ・オン・マイ・マインド」のシングルはレア中のレア。 あんなの初めて見た。あきらかにヴィンテージ物だ。売ったら高いぞ!売らないだろうけど。 かたや本さんはひたすら香港のアーティストもの。 広東語のビートルズ・カバーが、常識をはるかに超えて面白かった。
第二部は、co-producer的存在の小泉信彦君が加わり、「チョコレート・ラヴ」制作秘話。 途中から杉君も入って、「チョコレート・ラヴ」にも登場する、ヤマイダレ教授のエピソードが語られた。
僕のポリスター時代のセカンド・アルバム、「Sugar Boy Blues」の歌詞カードにいくつかの漫画の落書きがのっている。 レコーディング中に落書きをしていたら、ディレクターがおもしろがってのっけましょうということになった。 小学校の頃は漫画ばかり書いていた。 といっても、ストーリー漫画を書くとかまではいかず、 手塚治虫や杉浦茂、白戸三平などの登場人物を書き真似るだけだったが...。 今でもぼーっとしているとき、ノートや紙きれにヒゲオヤジやオムカエデゴンスとか書いているときがある。
ある日、顔が左向きの絵しか書いていないことに気づき、 右向きの顔を書こうと試したが、どうにもこうにもへたくそなのだ。 調子にのって漫画家になっていたら大変なことになっていた。(笑) 登場人物が全員ずっと左向きのままなんて漫画はみたことがない。(笑)
ところがなんと、漫画「チョコレート・ラヴ」に出てくる「ヤマイダレ教授」は、 常に顔が右向きでないといけないキャラクターだということが、第2部の本秀康さんの証言で明らかになった。 頭髪が漢字の「やまいだれ」そっくりなので。これが左を向くと「やまいだれ」にならないというわけなのだ。
ご存じないかたに少し説明しておくと、このヤマイダレ教授というのは、 杉真理君が以前レギュラーで出演していたFM PORTの番組、「杉真理のポップン・ロール」のコント・コーナーで、 彼が創作し自ら演じた登場人物なのだが、それを本さんが自分の解釈で漫画にしてしまったのだ。 アロハ・ブラザースの最新アルバムに、ヤマイダレ教授のコントが収録されているのでそちらをぜひ聞いていただきたい。 やみつきになること請け合いである。(ちなみに僕も参加していて、コントの中でありえないものを吟じている。) そして第三部はいよいよ松尾君のミニ・ライブ。キーボードの小泉君と二人きりのアンプラグドだ。
ひさびさに聞く松尾節はあいかわらず健在だ。 「カレー・イン・ザ・ライフ」など「チョコレート・ラヴ」の曲に加え、ひさびさに「いとしのロージー」をやってくれた。 聞きながら、この曲を作っていたとき、きっと音楽の神様が降りて来たにちがいないと思った。 奇跡のメロディーとコード展開なんだよね。 最後はヤマイダレ教授いや杉君が参加してVOXの曲。 アンコールはビートルズ・カバーで、いやが王でも長嶋でも(?)盛り上げてくれ、さすがなところを見せてくれた。 松尾君にも杉君にもいい風が吹いているね。 いつかBOXとuncle-jamの対バン・ライブをやってみたくなって、ムズムズしてしまいました。
伊藤銀次
□2010年06月06日号□
今年もあっというまに6月だ。 誰にも平等に歳月が過ぎて行っているはずなのに、 なぜか自分の時間だけが早くたっていくような気がするのは僕だけだろうか。 あせったところで始まらないが、のんびりもしていられない。 いつもそんな気持ちになる、一年の折り返しである。
(ここでファンファーレ! )
今日はうれしいお知らせがある。お待たせしました。 黒沢秀樹君とのユニットがついに動き出したのだーッ。(パチパチパチパチ...)
そのユニットの名前は ....(長めのドラムロール) 、
uncle-jam (アンクル・ジャム)。
「週刊銀次」でずっとお知らせしてきたように、黒沢秀樹と伊藤銀次のuncle-jamは、 この半年あまりずっと曲作りをしていた。 その曲作りのさなか、いろんなことをいろんな角度で話し合って来た。
この閉塞した音楽状況の中で、僕たちに何ができるのだろう? これから音楽はいったいどうなっていくのだろう? 僕たちが信じた「音楽の魔法」は、もはや消え去ったのか? J-Popという、消費され過ぎた共通言語の呪縛から脱して、 二人の中に脈打つメロディや言葉で、ウキウキするような、すてきな音楽を作れないだろうか?
とりあえずパブロックが好きだということだけで出会った二人だが、 思いも寄らず音楽的に呼び合うところが多く、作業中に化学反応がいっぱい起り、 イメージがどんどん広がってきて、面白いアイデアがつぎつぎと浮かんできた。
そしてそのはじめの一歩として、秀樹と銀次の往復書簡的ブログを立ち上げることになった。 ブログ名は、「uncle-jamのR&R Diary」。
これからの二人の作曲のやりとりや進行状況、 お互いにはまっているアーティストについての情報交換、 二人の雑学的会話などを、ここから楽しく垣間みる事ができるはず。 きっとおもしろいブログになるので、みんなもぜひ参加してください!
アドレスは http://ameblo.jp/unclejammusic/
uncle-jamのエンタテインメント、第一章のはじまり、はじまり . . . 。 ちなみに、最近僕は60年代英国ポップ・ソングライター・チームに、ひさびさにはまっている。 Macaulay-McLeod、Carter-Lewisなど。そのあたりもブログに登場するかも。
明日のことは誰にもわからない。結果は神の味噌汁(?)、いや神のみぞ知る。 ただひとつだけはっきりしていることは、僕たちがまだ「音楽の魔法」を信じているということ。 これさえあれば、きっとおもしろい所に進んでいける気がする。 uncle-jamをどうかよろしくね!
uncle-jamも面白くなりそうだが、今年はいろんなことにトライするよ。 そのひとつが、武蔵小山「アゲイン」でのトーク・イベント、「話し出したら止まらナイト」。 ちょっと早い告知だけど、第2回は7月24日にやります。
前に岡林さんとのNHK-FMの特番を、前日の「週刊銀次」で告知したら、 もっと早く教えてほしかったというメールをいただいた。 いきなりで聞けなかった人もいたようで申し訳なかったね。 気をつけて早めにお知らせするようにします。
第2回は、僕がアマチュア・バンドを組み始めた頃のお話を中心に、話しを進めようと思っている。 「日本一の脱線男」なので、はたして話しの行き先はどこへいくのやら。 漫画トリオの大好きなネタ、ニール・セダカの「恋の片道切符」の替え歌、
♪汽車は行く どこへ行く わしゃ知らん 汽車に聞け ウウウウー
の心境である。アゲインの石川さんは、「どんどん脱線してください。」という。 今まで自分では自覚していなかったが、石川さんのいう「面白い脱線」、 これが僕のトークの芸風なのかもしれないと、最近なんとなく自覚するようになってきた。 ぜひ見に来てね。
去年、ツアーの雰囲気を記録しておきたくて、 アンプラグド・ミニ・アルバム I Stand Alone vol.1&2を作ったが、とても好評だった。 そこで、その続編を作る事に決定!(パチパチパチパチ...)
これから選曲に入るのだが、去年演奏しなかった曲も入れようと思っている。 まだ間に合うので、選曲のリクエストがあったら、どしどしメールしてきてください。待ってます。
そして、お待たせしました。 秋の「I Stand Alone 2010」ツアーが決定。
9月に、名古屋「TOKUZO」、神戸「チキンジョージ」、京都「RAG」、 そして、横浜「サムズアップ」で演ります。 こちらのほうも、ライブで聞きたい曲があったらリクエスト・メールをホーム・ページに送ってください。 詳しいスケジュールは、Silvertoneでチェックしてね。 ちょっと間が空くけれど、どうか首を長くして待っててください。
伊藤銀次
□2010年05月30日号□
Hello Again 三崎港!
一月に続いて、また三浦半島最南端の町、三崎にやって来た。
今週いっぱいは、三崎在住の音楽プロデューサー、藤沢宏光さんのスタジオに、 黒沢秀樹君と立てこもり、二人のユニットのデモ音源作りに集中した。 今週はそのリポートをお届けしよう。
雨模様の月曜日、黒沢君は録音機材などの運搬もあるので、自分の車で、 僕は小田急線湘南台から横浜市営地下鉄ブルーラインに乗り換え、上大岡まで出て、 そこから京急本線特急で三崎口まで直行、駅のターミナルで午後3時頃待ち合わせた。 合流後、藤沢宅へ。 旅の疲れももろともせず、セッティングを済ませるや、さっそく作業開始。 ここに来るまで黒沢君と二人で半年近くかけて、あーでもないこーでもないと、 慈しんで育てて来たメロディーや詞が、サウンドを伴って、いよいよ形をなしはじめる。 翌火曜日には早くも一曲目がまとまってきた。さいさきがいい。
その夜は、 藤沢さんがプロデュースしている、三崎銀座商店街にあるイタリアン・バール・スタイルのカフェに出かけて、 ディナーを楽しんだ。
「週刊銀次」2010年3月28日号でお知らせしたように、 藤沢さんは現在、この三崎在住の子供たちからなる「かもめ児童合唱団」をプロデュースしていて、 ファースト・アルバム「焼いた魚の晩ごはん」が出たばかり。 安倍なつみさんやTHE BOOMの宮沢和史君がゲストボーカルで参加していたり、 矢沢永吉さんの「アイラブユーOK」、スピッツの「田舎の生活」、 THE BOOMの「故郷になってください」といった意表をつく選曲など、 藤沢さんの包丁さばきは実に見事なのだが、 それよりもなによりも、主人公である子供達の、邪心のない歌声が、 まっすぐ力強く突き抜けて響いてきて、思わず心が揺さぶられる感動的なアルバムなのだ。
中でも僕のお気に入りは、アルバムの最後を飾るタイトル曲「焼いた魚の晩ごはん」。 これを聞いてじーんとこない日本人はたぶんいないだろう。 この曲は黒沢秀樹君の作曲。 何かが降りて来たんじゃないかと、おもわず思ってしまう自然体なメロディーに、 日本人の心の原風景にふれてくる、藤沢さんの詞がついて、マジックが起きた。 かもめ児童合唱団の「焼いた魚の晩ごはん」、ほんとうに心から、多くのひとたちに聞いてほしいアルバムだ。
その藤沢さんが、今度は三崎にできたイタリアンなお店をプロデュース。 「喫茶館・ミサキプレッソ」という名のこのお店は、 内装といいメニューといい、かかっている曲といい、まるで下北沢にあってもおかしくないオシャレなお店。 この夜は、エビのリゾットと、マグロのトマト・ソース・パスタをいただいたが、 三崎だけあって魚が新鮮で、味付けもごきげん、 食後のカフェラテも香り芳醇で大満足、とてもボーノな夜だった。
昼はパスタ+サラダ+コーヒーのランチ。 夜はワインが登場、そのイタリア・ワインの品揃えがすごくて、しかもとにかく安い。 三崎で唯一だからあたりまえだが、あえて三崎で一番だと思わずいいたくなるカフェ&トラットリアだ。 三崎商店街の中華料理店「牡丹」の右隣、黄色いオーニングにMPと書かれていて、 商店街の中でもひときわ異彩を放っているので、すぐに見つかると思う。 三浦半島に遊びにきた際には、ぜひ寄ってみてくださいね。
その夜ちょうど、ネタンダーズのリーダー、三崎在住のドラマー高野純一さんが遊びにきていた。 以前からバンドの名前はよく耳にしていたが、会って話すのは初めてだった。 ジャズっぽい即興性の高い演奏をするグループだそうだ。一度見て聞いてみたくなった。 それにしても、東京でもあった事のないミュージシャンに出会えるなんて、なんて三崎はミラクルな町なんだ。
すでにこのカフェには、多くのミュージシャンたちが訪ねてきている。 僕の知り合いでは、リクオ君やヒートウエイブの山口洋君もやって来たそうだ。 「かもめ児童合唱団」の存在も含めて、 三崎の噂は徐々にミュージシャンたちの間でふつふつと泡立ってきているようだ。
火曜日の午前中、作業前に、油壷マリンパークまで走った。 往復約10km。三崎に来たもうひとつの僕の楽しみは、海からの風を受けながら、海辺を走ることだ。 海の近くを走るのはとても気持ちがいい。 海から「マイナス・イオン」が出ているからなのだろうか?心も体ものびのび、 細胞のひとつひとつが、みるみる元気に躍動してくるのを感じる。
水曜日は近場をウロウロ、木曜日には城ヶ島大橋を渡って城ヶ島まで走っていった。 城ヶ島は前回来たときは公園に行ったので、今回は灯台を目指した。 灯台の手前を左に折れ、土産物屋の通りを過ぎるとそこからハイキングコース。 太平洋の潮風にうたれながら、馬の背洞門まで行って帰って来た。 城ヶ島といえば、北原白秋の「城ヶ島の雨」。子供の頃、好きな歌のひとつだった。 少年期を大阪で過ごした僕は、まさか小学校で歌ったあの歌に出て来た城ヶ島を、 こんなふうに走ることになろうとは、想像もできなかった。 汐の香りを感じていたら、子供の頃、家族で行った海水浴での事件を突然思い出した。
まだ自力で泳げなくて、浮き輪につかまりいい気になって、浜辺から離れたところでバシャバシャと遊んでいた。 気がつくと浜がずいぶん遠くなっている。 いつのまにか引き潮にのって、沖へと流されそうになっていたのだ。 あわててバタ足で浜に向かって泳ごうとするのだが、潮の勢いが半端じゃなくて、 気持ちとは裏はらに、どんどんどんどん、湾の外へと押し流されていくではないか。
生涯あれほどあせったことはなかった。 泣きながら大声で父親の名を呼ぶのだが、浜辺で陽に当たりながら眠っているらしく、気づいてくれない。 何度も何度も呼ぶうち、やっと声に気づいた父親が起き上がり、キョロキョロと僕を探している。 さらに大声で呼ぶと、やっと僕を見つけ、全速力の抜き手で泳いできて、間一髪のところで助けてくれた。 もし、あのまま外洋に押し流されていたらと思うと、今でもぞっとする。 そんな事を思いながら、城ヶ島大橋を渡って帰ってきた。
毎日びっちり作業を続け、いよいよ金曜日。 たくさんのスケッチ曲の中から選ばれた4曲が形をなしてきた。 一月の曲と合わせると5曲。設計図通りの部分もあれば、予想外におもしろくなった曲もある。 いよいよ本格的に秀樹・銀次のユニットのスタートだと実感されて、さらにやる気になってきたし、 自らに課す課題も見えて来た。これを東京に持ち帰り、いよいよ次のモードに突入だ。
来るたびになんだか愛着がわいてくる。土曜日後ろ髪をひかれる思いで三崎を後にした。 犬のミルトン、猫のきくぞう&リリィ、かわいいおもてなしありがとね。 じゃれるのはいいけど、ケンカしないでなかよくするんだよ。
そして、藤沢ご夫妻、暖かいおもてなし本当にありがとうございました。
お世話になったお礼に、いい結果を出せるようにがんばります!
伊藤銀次
□2010年05月23日号□
今でもときどき発作のように、無性に食べにいきたくなるラーメン屋さんがある。 それは今はなき笹塚大勝軒だ。 残念なことに、もうずっと前に店はなくなっているので、食べに行けるわけがないのだが、 食べにいけないとわかっているから、よけいに僕の脳が記憶している味の思い出が、年々美化され肥大していく。 今週は僕にとっての「幻のラーメン」笹塚大勝軒のお話しをしよう。
ちょうど「Deadly Drive」の頃だから、1977年頃、僕は笹塚に住んでいた。 笹塚駅前の観音通り商店街を3分くらい歩くと、通りが右に折れる手前あたりに、 いつも人が並んでいてなにやらいい匂いのする店があった。 屋号を見ると「大勝軒」。別件で前を通ると決まっていつも人が並んでいる。 気になって気になって、ついにある日、たまたま並んでない日があったので、 プラッと入ってみた。 席数はカウンターに5席だったか6席、記憶は定かではないが、 二人がけのテーブル席が一卓だけあったように思う。 小柄で眼鏡をかけてテキパキ働くご主人と、おかみさんの二人でやっているらしい。 腹が減っていたのでラーメンの大盛りをたのむとおかみさん、
「うちは並で二玉なので、大盛りはやめたほうがいいですよ。」
初めての店なので、言われるがまま「並」を頼むと、 出て来たラーメンの量の多さと、醤油ベースのスープの煮干しの香りの強さにガーン! おそるおそるスープをひとすすりすると、浮かしてあるユズの皮の香りと相まって、 今まで味わったことのない未知の旨さ。 麺は固すぎない僕好みの少しモチっとした食感。 食べ始めると止まらなくて、若かったせいもあるが、ペロっと食べてしまった。 大阪出身の僕が、生まれて初めて出会った、魚介系東京醤油ラーメンだったのである。 しかしそのままでは終わらなかった。
その後何日かすると、なぜか無性にまた食べたくなってくるのだ。 すぐ近所なのでまた食べに行き、これだこの味だと納得して帰り、また一週間ほどすると食べたくなってくる。 この「また出かけこれだこの味納得帰り」を繰り返すうちに、すっかりやみつき、 笹塚から引っ越してからも、わざわざ足を運んで食べに行くほどのファンになってしまった。
ところが80年代に入ってからのこと、しばらく行っていないなと、 ひさしぶりに出かけて見たら、なんと「ミスターチン」という中華料理店に変わっているではないか!
当時いろいろ調べてみると、どうやら大勝軒には、 東池袋大勝軒系と永福町大勝軒系の大きな二つの流れがあることがわかった。 東池袋は言うまでもなく、あの「ラーメンの神様」山岸一雄氏を開祖とする、つけ麺&特製もりそばの流れである。 なくなってしまった笹塚大勝軒は永福町大勝軒系だという。 そこで本家の永福町大勝軒に出かけてみた。
本家なので、当然ユズの香りも同じ、確かに旨かったが、 笹塚に比べると僕には少し油っこい感じがした。 さらに同じ系統で、梅ケ丘にも大勝軒があることを知り、そこにも食べに行った。 僕の舌のイメージでは、永福町より笹塚に近い感じがしたが、逆にちょっとあっさりしている気がした。 (いま梅ケ丘大勝軒は屋号が「勝や」に変わっている。)
その後も同系列の大勝軒を見つけては行ってみたものの、 あたりまえだが、あの笹塚と同じ味の店には出会えなかった。 最近はあまりラーメンを食べなくなったが、もしご主人がどこかでご存命ならば、 たった一度でいいから、もう一度あの笹塚大勝軒のラーメンを食べてみたい。 ピーター&ゴードンではないが、「つのる想い」である。
ラーメンの話しをしていたら、麺類つながりで面白い話しを思い出した。
僕がまだ佐野元春withザ・ハートランドのメンバーだった頃、 確かサムデイ・ツアーの四国でのことだったと思う。 当時僕らのメインPAマンのシューゾーが、 旨いんだけど、とっても頑固な変わった親爺さんがやってるといううどん屋に、 みんなを連れていってくれたときの話しだ。
佐野君、シューゾー、そして僕とメンバーがゾロゾロ入っていくと、 無駄な装飾のない素朴なうどん屋さん。メニューも普通にいろいろありだが、 シュウゾーいわく「とにかく玉子うどんをたのんでみー、おもろいことになるから。」 奥をチラ見すると、偏屈を絵に描いたような親爺さんが黙々とネギを切っている。 好奇心と重苦しさが僕たちの間にたれこめたが、 こういう微妙なシチュエーションでいつも大役を押し付けられるのは、 人柄からいって、必ずサックスのダディ柴田さんだった。 この日も嫌がるダディさんを、みんなで言いくるめて、 天ぷらうどんが食べたいって言っていたのを、玉子うどんを頼んでもらう事にした。
ご主人とは好対照に、いかにもやさしそうな奥さんが注文を取りに来た。 めいめい玉子うどん以外のうどんを頼み終わると、 一呼吸おいてダディさんが、玉子うどんを頼んだ。その瞬間だった。 ネギを切る手をタッと止めたかと思うと、 親爺さんが目にもとまらぬ早さでダディさんの前に来て、こう言い放ったのだ。
「玉子うどんはやめとき。玉子はダシの味をこわすからな。天ぷらか天かすにしとき。」
あっけにとられるダディさんと俺たち。笑いを必死でこらえるシューゾー。
確かに言っていることはわからないでもない。 ダシのうまみを玉子のうまみが消してしまうという理屈なのだろう。 だが、ずらっと壁に貼られた品書きの中には、 明らかにちゃんと「玉子うどん」と書かれているではないか?!なのになぜ注文できないのか?
たぶん、あれは親爺さんにとって、お客を試し諭すという「愉しい儀式」だったのだろう。 うどんはとても旨かったが、それにしてもおもしろい店だった。 なんだかダディーさんに会いたくなっちゃったな ...。元気にしてるだろうか?
話しに「天かす」が出て来たのでもう一つ、 佐野元春 with ザ・ハートランドに関する「麺類ネタ」(?)を!
あれはまだ佐野君がブレーク前、アルバム「Heart Beat」の頃だったと思う。 大阪でオフの日があった。佐野君やベースの小野田君などメンバーは、 雀荘で麻雀を打って時間をつぶすことになった。 僕は別の用事が入っていたのか、なぜかそこには参加しなかった。 もう30年も前の話しなので、そのあたりはよくおぼえていない。
翌日ホテルのロビー集合の約束になっていたので、待っていると、 やってきた佐野君たちは何やら機嫌が悪そうなのだ。 事情を聞いてみると、昨日雀荘で「たぬきうどん」を注文したら、そんなものはないと言われたというのだ。 そんなわけはない、いやそんなもんはない、いやあるはずだと、 すっかり押し問答になってしまったらしい。
「銀次、これはいったいどういうことなんだい?」
確かに、東京には「たぬきうどん」は存在する。 「うどん」に「天かす」をトッピングしたヤツだ。 だが大阪では、これを「たぬきうどん」とは呼ばず、「ハイカラうどん」と呼ぶのである。 そう注文していれば望みのものに出会えたのだが、 これを「たぬきうどん」と注文したため、事件が勃発したわけだ。
さらに大阪では、油揚げの載ったうどんを「きつね」、 油揚げの載ったそばを「たぬき」と呼ぶ。 ちょっと頭がこんがらがってきそうだが、 大阪には「たぬきうどん」がないように「きつねそば」という呼び方もないと言う事になる。
「秘密のケンミンSHOW」のはるか30年も前に、土地柄の違いに遭遇した佐野君達は、 僕がいくら説明しても、どうにも納得がいかなかったようだ。 ザ・ハートランドで大阪出身は僕だけだったからね。
伊藤銀次
□2010年05月16日号□
あまりにも素晴らしかった、武道館ライブの余韻を味わいたくて、 キャロル・キングとジェイムス・テイラーの「Live At The Troubadour」を買ってしまった。 CD にDVDがついて、なんと2080円という価格もちょっとというか、かなりうれしかった! もちろん、この安さと牛丼値下げ戦争とは何の関係もないのはあたりまえであるが、 あらためて男女のデュオの魅力にすっかり魅了された今週だった。
とかくロックの世界が男の世界だなとつくづく思うのは、 書店の音楽書のエリアにある本が、ビートルズやストーンズ、U2などなど、 男性アーティストばかりなのに気づくときだ。 個人的にはジョニ・ミッチェルやキャロル・キングなどの 女性シンガーソングライター関連の本があってもいいのにと思うのだけど、 そんなニーズは世の中にはまったく存在しないようだ。 表面的にアニマルズやモンキーズなど男性アーティストが主役として見えていた時代でも、 実はキャロル・キングが曲を作っていたり、ビートルズが「チェインズ」をカバーしていたりする。 ロックの歴史は決して男性だけで作ってきたものではないと思うのだが. . 。
男女デュオといえば、「Falling Slowly」で2007年度アカデミー最優秀歌曲賞を獲得した、 グレン・ハンサードとマルケタ・イルグロヴァの二人のユニット、Swell Seasonが記憶に新しい。 「Once ダブリンの街角で」という映画は、低予算だが手作り感いっぱいのじんわり感動! ほんとにすばらしい音楽映画だった。
そして、ときおり男性的な激しさをみせるグレンに対して、 終始、素朴なたたずまいの中にも、秘めた女性的な強さを見せるマルケタとの対比が、 この典型的な男女ユニットを魅力的にしていた。
実は僕も、青木ともこさんという女性シンガーソングライターと、 「クラウディ・ベイ」というユニットを2006年頃から組んでいる。 ここんところその活動がちょっとご無沙汰になっていたところ、 ファンの方から「クラウディベイはその後どうなったんですか?」という質問をうけた。
実は、青木さんの飼っていた愛犬又三郎が、 長年アジソン病という奇病をわずらっていたところに、さらに腎臓を悪くして、 彼女はその介護に追われていたため、活動がなかなかむずかしかったのである。 残念な事に、青木さんの懸命の介護もむなしく、この2月に又三郎は亡くなってしまった。 ショックも徐々に癒えてきているようで、まもなくクラウディ・ベイも再開できそうな感じだということを報告しておこう。
ペットを飼うことは楽しいことだけど、亡くなる時はほんとうに切ない。 朝日新聞の夕刊に、三谷幸喜さんが連載していた「おしまんべ」の話しは、 きっと全国の愛猫家や愛犬家に、共感の涙を誘ったのではないかと思う。 読んでいて僕も、昔よく猫を飼っていたときのことを思い出した。 もの言わずともいっしょに暮らしていると、いつしか家族同然の存在になっていくものなのだ。 何度か猫達との別れを体験した僕は、その亡くなる時の切なさから、もう二度と飼わないと決めてしまった。 それなのに、犬や猫を買っている誰かの家に行くと、すぐにその子たちと仲良しになってしまう。 かわいいと思う気持ちはやっぱり変えられないのである。
今週の最後は、「ケッちゃん」こと高橋結子がパーカッションをつとめる 「タマコウォルズ」のライブに行って来た話。 偶然だが、またまた女性ミュージシャンの話題だ。
ケッちゃんは、いろんな場面でプレイしている売れっ子だが、 僕と杉真理君が組んだ「マイルド・ヘブン」の女性ドラマーでもある。 去年の「I Stand Alone」のサマー・スペシャルでも叩いてもらったし、 クラウディ・ベイの大森「風に吹かれて」でのライブでは、 ウッド・ベースの戸田吉則君と共にリズムを盛り上げてくれた。 (ちなみに、この時の演奏をDVD化する予定でいるのでお楽しみに!)
男性顔負けの、とても思いっきりのいいドラミングが気持ちいい、 そんな彼女が参加している「タマコウォルズ」のCDが、これまたごきげん! いてもたってもいられなくなって、吉祥寺MANDA-LA2でのライブに、早速かけつけた。
CDで聞いていた時は、ミーターズかリトルフィートかっていう印象だったが、 熱いライブは、さながらオールマン・ブラザース・バンドやグレイトフル・デッド、 はたまたクイックシルバー・メッセンジャー・サーヴィスを彷彿とさせる、あまりのジャム系サウンドで、 僕はまるで、1969年頃のサンフランシスコは、フィルモア・ウエストにいるかのような錯覚に陥った。 そして男性陣のホットな演奏とは対照的に、それを支える女性リズム・セクション、ケッちゃんと、 ドラムスの中原由貴さんの、二人のクールなノリがなんとも印象的でカッコよかった!
ライブに呼んでくれてありがとう!ケッちゃん、また一緒に演奏したくなったよ!
伊藤銀次
□2010年05月09日号□
冬と春が入り乱れを繰り返してる間に、いつのまにか初夏を通り越して、真夏日だったりするこの頃。 ところが、夕方あたりから、風が涼しくなり、半袖では寒いくらい。 いったい今の季節をなんと呼べばよいのか?変な咳してる人も多い。 みなさん油断しないでくださいね。
ジョギングを始めて今年で10年になる。 素人でもトレーニングを積んで、ホノルル・マラソンなどの大会をめざす人も多いが、 僕の場合は、記録の更新とかにはまったく興味がない。
むしろ、僕らの年齢でタイム目当ての、ゼイゼイハーハーのマラソンは、生命の危険すらある。 僕のジョギングのテーマは「LSD」。
といっても、ビートルズの「Lucy In The Sky With Diamonds」でも、 もちろん、リゼルグ酸ジエチルアミドのドイツ語の略でもない。 LはLong、SはSlow、DはDistantの略で、「長い時間をかけて、ゆっくり遠くまで」走るスタイルなのだ。 競歩の人にも抜かれるペース、だいたい1時間に約12kmくらいかな。話しをしながら走ることもできる。
駒沢大学前にプリプロ・ルームがあった頃、 駒沢公園で知り合った成岡さんに教わった、膝に負担をかけない、少しでも体にやさしい走り方。 この走り方だとまったく息もきれずに、どこまでも走れるのだ。最近は毎日6〜10kmだが、以前は20kmほど平気で走っていた。 仕事のある日は午前中に1〜2時間走ってからでかける。
いろんな人から、よくそれで疲れませんねと聞かれるが、 このLSDの走り方だと、血液循環がよくなるせいか、むしろ体も、そして頭もすっきりして仕事にのぞめるのだ。
暖かくなり、やっと短パンで走れるようになったのがうれしい。 短パンと長パン(?)の境い目は摂氏15度。15度以下だとちょっと寒い。 ただ、これから暖かくて走るのが楽しい季節なのだが、気をつけなきゃいけないのは、紫外線だ。
帽子は当然のこと、サングラスも絶対着用。時間帯も11時から2時の間は避ける。 この間は、お日様が真上にいるから、まったく日陰ができないからね。 これからのシーズン、銀次の走りは、まるで影踏みのように、日陰から日陰を渡る、忍者のようになっていく。
加えて、お酒もタバコもやめてしまった僕。 みんなも何か体にいいことしていたら、教えてくださいね。
今週の黒沢君との作業は、匍匐前進。 ハードルを高く上げ過ぎてるのかもしれないが、ここはがんばりどころだ。 来週がいよいよ山だな!
先週の「週刊銀次」で、斉藤和義君の名字を、「斎藤」と表記してしまった。 人間の「目」の記憶というのは実にあいまいなもので、すっかりそうだとずっと思い込んでいたのだ。 大変失礼しました。
その斉藤くんのプロモにジョン・レノン役で出てるリリーフランキーさん。 Tokyo Mood Punksというバンドをやっているということを、 たまたま見ていた1月31日のMUSIC JAPANでの出演で、遅ればせながら知った。
その時演奏した「ストロベリー」という曲が、それからずっと気になってしかたがなかった。 斉藤君のPVでリリーさんを見た事がきっかけで、「ストロベリー」をもう一度ちゃんと聞いてみたくなり、CDをゲットした。
やっぱりいい!やさしい視線で、鋭く「今」を喚起させる詞が、特にすばらしいと思った。 いい刺激をありがとう。
伊藤銀次
□2010年05月02日号□
最近、斉藤和義くんの「ずっと好きだった」がお気に入りだ。 曲もいいが、なにしろPVがやけにおもしろい。
ビートルズの映画「Let It Be」のラスト、屋上の演奏シーンの、かなり手の込んだパロディになっていて、 無精髭もそれらしく、斉藤君はポールの役どころ。リンゴやジョージ役の人も、服装とかなんとなく雰囲気。 そしてジョン・レノン役の人に目をやると...、なんとリリー・フランキーさんだ! 全然顔とか似てないのに(失礼)、妙に感じが出ていて、 思わず顔と心がほころんでピースフルな気分になってしまった。こういう遊びは好きだなあ ...。
今週のほとんどは、黒沢君とのユニットの曲作りに集中した。 曲作りでも一番肝心で胸突き八丁、作詞の作業だ。
メロディーというのは、体の中から、夢の蝶々が飛び出してくるようなもので、 しっかりと捕虫網にのがさず、捕まえておけば、かならずその中に、 とても珍しく魅力的な旋律が一つぐらいは入っているものだが、 作詞の作業はただじっと待っていても、何も飛んでこない。
頭にうかんだイメージに的確に符合し、 しかもメロディーが求めているベスト・パートナーを、無限にある言葉の中から見つける作業。 ラッキーにも最初からメロディと言葉がいっしょに出てくることは、そんなにあることではない。 メロディが呼んでいる相方を、見つけてやらなければならない。 それも出会ったときに、ミラクルな化学反応を起こす相方を。
予想通りの言葉が、そのまますんなり、はまる時もあれば、 時には、詞とメロディのベクトルが、真反対なのが、予想外に新鮮な響きを生み出す事もある。 メロディが訴えている数少ない手がかりから始める、まるで推理小説の犯人探しのようで、 謎が解け、言葉がみつかったときの喜びといったら、何にも代え難い。
謎解きの取り組み方でいうと、僕と黒沢君は、ホームズとワトソンというよりも、 「点と線」の鳥飼重太郎と三原紀一のコンビに近いのではないかと思う。 年齢は違えど、互いにリスペクトできる、自分にない守備範囲を持つスペシャリスト。 しかも、どちらかがホームズ役の時、もう一人は自然にワトソン役を担うことも自在にできる。 今週の作業では、さらにお互いの理解を深くすることができたような気がして、 当初茫洋としていたユニットのイメージが、だんだんとあぶり出されてきているような気がする。
作詞の作業はとかくストイックになりがちだが、僕たちはまるで高校生の研究クラブのように、 今、言葉と戯れている。
前回触れなかったが、4月24日の「話し出したら止まらナイト」に、予期せぬ方々が足を運んでくださった。 和久井光司君、 大瀧詠一激似ボーカルとして話題になった、いちかたいとしまさ君 (僕の「日射病」をカバーしてくれている唯一のアーティスト!)、 元ON・アソシエイツの関口直人さん、 (冨田靖子さん主演、大貫妙子さん作曲・歌、1985年の三ツ矢サイダーのCMの編曲をやらせてもらったり、お世話になりました。)だ。
ライブ終了後、ひさびさなのでしばし互いの近況報告となったが、 関口さんが作詞家に転身しておられたのには驚いた。
彼の作詞による「父の言葉」という作品のDVDをいただき、さっそくその夜拝見したが、 心の深いところにさりげなく触れてきて、やわらかく心を揺さぶってくれた作品だった。 この作品は、シンガー・ソングライター、西海孝さんの「空を走る風のように、 海を渡る波のように」というCDに納められていて、 全曲、フォスター、アイルランド民謡、スコットランド民謡に、関口さんが詞をつけた、 アコースティックなアルバム。チェックしたいCDだ。
そして、なんとこの世界の大先輩、小松久さんがわざわ来てくださった。 ヴィレッジ・シンガーズのリーダーであり、音楽プロデューサーとしても数々のスターを育てた小松さん。 近年、テレキャスター関係の記事などで拝見することが多く、 ジェイムス・バートン好きなんだなと、かねがね興味があった。 僕のギターも、実はジェイムスの影響を多大に受けているところから、 話はテレキャス&ジェイムス周りで盛り上がり、 後日、小松さん制作のDVD「テレキャスター奏法」を送っていただいた。 とてもていねいに様々なカントリー・スタイルの弾き方を教えてくれている、人柄がにじみ出たステキなDVDだった。
内容ももちろん大事だが、やっぱり、音楽は人から人へと、どういう風に伝えるのかが、 一番大切なことなんだと、当たり前だが改めて感じさせられたね。
ちょっと前に読んだ植島啓司さんの「偶然のチカラ」に影響され過ぎてるわけではないと思うが、 黒沢君とのユニットでは、またテレキャスターを弾きたいと思っていたところでの、 ミスター・テレキャスター、小松さんとの出会い...。これは、テレキャス買えってことでしょうか?!
伊藤銀次
□2010年04月25日号□
今、武蔵小山アゲインのトーク・イベント「話し出したら止まらナイト」から帰ってきて、この原稿を書いている。
生まれてはじめてのトーク・イベント、今の心境は、あたりまえだが、「やってみたからわかったよ」である。
筋書きどおりにいかないところもあれば、思いもよらぬところで喜んでもらえたり、 音楽のライブもそうだが、それよりももっともっと「生(なま)」な世界!
話しの行方が見えなくなって、どうしようかと思ったときもあったけど、 いくつになっても、新しい体験をすることは、やっぱり楽しいことだと思った。
特に、お客さんからその日いただいた質問に、その場で答える、「銀次の目安箱」のコーナーで、一番お客さんとの一体感が湧いて、 自分もそこからリラックスできたことが、予期せぬ出来事、今回の大収穫だった。
お客さんたちのリアクションからいろいろと学ばせてもらいました。参加してくれたみなさん、どうもありがとう! 次回は、もっともっと面白くなるように、内容を銀味(?)して望みますので、よろしくお願いします!
今回は名刺代わりに、僕が少年時代に出会った、月光仮面などのヒーロー物の音楽から、 ビートルズを知った頃に同時に体験した、カンツォーネ、フレンチ・ポップスなど、 音楽の入り口のお話をした。
そして、七色仮面の挿入歌「名も知らぬ花」(原曲は中原美沙緒さんが歌っていた、世に知られぬ名曲)と、 ボビー・ソロの「ほほにかかる涙」を、弾き語りで歌った。
次回は、「ぼくが最初に買った洋楽3枚のシングル盤」から始め、 どうなってポップ・ロックの世界に、ノメっていったのかを話しながら、 1964年から1966年あたりの音楽シーンの雰囲気を再現できればと思っている。 何の曲を歌うかはまだ未定である。
終わってから、アゲインの石川さんと、2回目は7月24日(土)にやることにさっそく決定。 (石川さん、すいません、もう告知してしまいました...。) とりあえずやってみようってことで始めたので、2回目が決まってうれしい!
小路幸也さんの「DOWN TOWN」楽しく読み終えました。なんだか不思議な幸せ感にひたっています。 いつもそのへんにあるのに、見逃してしまっていたような幸せ感。 じんわり心があったかい感じ。 続けて「東京バンドワゴン」を読み始めました。
日曜の今日(25日)NHK-FMの「サウンド・ミュージアム」(19:20-21:30)という番組で、岡林信康さんの特集がある。 なんと聞き手は僕!岡林さん直々のご指名で実現した。なんとも身にあまる光栄である。
とかく初期の、社会現象としての岡林信康ばかりが取り上げられてきたけれど、 その後発表してきた多くのアルバムに、ちゃんと音楽的な耳を傾ければ、 彼が天性の巧みなソングライターであり、アイデアの宝庫だとわかるのではないかと思う。 この番組、今までに聞けなかった逸話も飛び出す内容なので、ぜひともチェキラ!。
伊藤銀次
□2010年04月18日号□
11日、渋谷7th Floorの僕のライブに来てくれたみなさん、どうもありがとう!感謝しています! 去年とちょっとメニューを変えてみたのだが、どんな印象だったかな?
まさか、「Audio Video」をアコギ1本で、しかもイントロに、 佐野元春の「Back To The Street」のギター・リフを入れて演るとは思わなかったでしょ?
ニック・ロウのカバー「Cruel To Be Kind」は大阪のほうがうまくいったかな? どうも力むたちなので、うまく言った次の回は、 もっとキメてやろうという気持ちが仇になることが多い。平常心!平常心!
今回は、東芝EMI時代の曲も少し入れてみた。 発表当時そんなに反応のなかった「This Love」、意外と評判がよかったのはうれしかった。
アコギへのアレンジは、何か根本的なアイデアがないと、つまんないものになる気がして、 今まですべての曲を試してはいるのだが、まだいいアイデアが降りてこない曲は、置いたままにしている。 やっと「This Love」と「Audio Video」は、アレンジの出口が見えたのだ。
ママス&パパスの曲のカバーではなく、 僕のアルバム『Dream Arabesque』から、「Monday Monday」を歌った。 この曲は昔、日清カップヌードルのCM、 アーノルド・シュワルツェネッガーがボートを漕ぐヴァージョンに使われていた。
今回、春にはぴったりの曲だからと、やりかたをいろいろ試したのだが、 なかなかいいアレンジが見つからず、もうやめようと思った大阪AKASOの前々日、 なんと突然アイデアが僕に降りてきたのだった。 この曲には、ケルト音楽で使われるDADGADという変則チューニングが合うんじゃないかなと...。
レギュラー・チューニングから、6弦と1弦をDに、2弦をAに下げると、このチューニングになる。 「Monday Monday」はキーがAなので、第7フレットにカポをして、じゃら〜〜んと弾いてみると、 これがなんともいえない幻想的な響きで、ケルトな感じが弾き語りに、音の厚みと雰囲気を作ってくれたのだ。
まだ大きな声ではいえないが、実は小さな声でもいえないのだが(?)、 好評だったCD『I Stand Alone』のVol.3を作ろうかと思っている。 今回のライブで初登場の曲達も、すでに選曲候補かなと、 そんな気になる出来映えで、とても気に入っている。
今回のサプライズ・ゲストは黒沢秀樹君。黒沢君の「Welcome To Dreamsville」 (僕も出演させていただいた、長門芳郎さん、土橋一夫さんのラジオ番組「ようこそ夢街名曲堂へ」のテーマ曲)と、 エバリー・ブラザースのカバーを2曲。そして、なんと二人で公開作曲を試みた。
いつも僕と黒沢君が、どんな感じで、いっしょに曲作りをしているのかを知ってもらうために (というか、まだ二人の新曲をお聞かせできないので、「その代わりといってはなんだが企画」 )、 お客さんから、テーマやお題をいただいて、その場で二人で作曲してしまおうという、 大胆素敵(?)なコーナーなのだが、僕の客席へのふりかたが上手じゃなかったせいか、 会場からお題がもらえなかった。
しかたがないので「涙のサンデーアフタヌーン」なんて適当な題名をつけて、 サビとAメロの途中まで、その場で二人で作ってしまった。 当日のライブは全部録音してあったので、作った曲はちゃっと残っているのだが、 僕はどんなメロディーだったか、もうさっぱりおぼえていないのだ。
なんとなく良さげだったような、それほどでもなかったような... 。 近々、その音源をもらえるので、半分こわいものみたさだが、楽しみだ。 秀樹・銀次のユニットは、こういう遊び心も大切にしていきたいと思う。
16日の金曜日、真冬のような寒さに、追い打ちをかけるように、冷たい雨が降り続ける中、 キャロル・キング&ジェイムス・テイラーの武道館ライブに行った。
14日の前評判どおり、いや前評判以上のすばらしいライブだった。 こんな至福に満ちたすばらしい時間を過ごしたのは、ひさしぶり、 いや、生まれて初めてかもしれない。さまざまな時代の流れにふりまわされることなく、 ポップスの王道を、ポップスの我が道を、しっかりとした確実な足取りで歩いてきた 二人ならではの芳醇な世界だった。
僕もじゅうぶん、年齢的にはじゅうぶん大人だが、 あらためて、あんなステキな「大人」のミュージシャンになりたいと、はずかしげもなく思えた夜だったね。 会場の暖かさは、暖房だけによるものではなかったよ。 当日は黒沢君、杉君、風祭東くんなど顔見知りばかりで、ちょっとした同窓会状態、 終了後みんなと食事へ。
来週24日はいよいよ「話し出したら止まらナイト」だ。 なんと、コンサート会場で偶然、、トークライブをやらせてもらう武蔵小山「アゲイン」の石川さんにばったり会った。 ちょうど直前の最終打ち合わせをしようと思っていた時だったから、その偶然の力にちょっと驚き! なんだか、おもしろいイベントになりそうな予感がする。
伊藤銀次
□2010年04月11日号□
4月9日、大阪AKASOでライブ、銀次の今年の歌い初めになった。 去年の12月23日の渋谷「7th FLOOR」、12月24日の池袋駅地下で歌って以来なので、実に4ヶ月ぶりのこと。
ひさびさなので、力まないように、力まないようにと、心がけて歌ったら、 思いのほか気持ちよく、去年よりリラックスして歌えた。 去年一年かけて、歌とギターがやっと、僕の体と一体化してきたような気がした。
それはよかったのだが、MCのほうがユルユルになってしまって、スベる、スベる。 加えて、第2部の上柴とおるさんとのトーク・コーナー、 僕の時間読みが狂って、第3部の僕のシメの歌の時間が短くなり、ちょっとバタついてしまった。 (遠くから来てくれてる人もいるので、終電の時間が心配になっちゃったんだよね。 京都から来てくれた彼は大丈夫だったんだろうか?)
せっかくアンコールに出てもらおうと思っていたSINMO君にも、1曲しか歌ってもらえなくて...。 お客さんにも、上柴さんにも、SINMO君にも、本当にもうしわけなかったです。 次回の大阪のライブは内容を再検討、もうちょっとゆったりやっても、 僕の曲がたっぷり聞けるように、顔を洗って出直してきます。
今回からアコギをTOKAIに変えた。 僕のオフィシャル・ウエブサイトの表紙で、僕が右上方にぐっと抱え上げているギターだ。
僕がこの子を購入したのは1985年頃。 以後、僕のアルバムのジャケットに何度か登場しているが、 なぜか東芝EMI時代にはYAMAHAの黒いアコギにチェンジ、 そして去年まではもっぱらVGというメーカーを使っていた。
またこの子に惚れ直したのは、厚さが普通のアコギの半分から三分の2くらいで、 とにかく軽くて弾きやすいことだ。さらに音と形が、今の好みなのだ。 音も形もフォーク・ギターっぽくなくて、どことなくジャジーな雰囲気がいい。 ぐるっと時がめぐって、この子が僕の旬に来たわけだ。 (今まで邪険にしててごめんね。My TOKAI。)
このTOKAIというメーカーは、実にいいギターを作っていたが、残念ながらなくなってしまった。
ライブまでにピックアップを取り替えたりしたが、まだまださらなる調整が必要。 11日渋谷「7th FLOOR」が終わったら、しっかりお手入れして、これからのマイ・ギターにしていこうと思っている。
もちろん、今日の渋谷「7th FLOOR」もこの子でいくぞ! 春めいた選曲に、音がぴったりだと思うよ。
話は戻って梅田AKASOライブが終わってのサイン会。 待ちきれず、はるばる静岡や福岡からきてくれたファンがいることに、大感激した! ほんとにファンのみなさんには頭が下がる。早急にスケジュールを検討しなくちゃ...。
ファンといえば、「週刊銀次」が始まって、 ようやく僕のオフィシャル・サイトに、アクセスしてくれるようになったファンが増えてうれしい。
昔のFMナイト・ストリートを聞いていてくれたリスナーや、 ナイアガラ・トライアングルの頃のファンからのお手紙、実になつかしく、楽しく読ませてもらった。 どうもありがとう!
そして驚くことに、「東京バンドワゴン」の著者、小路幸也さんからホームページにメールが届いた。 「週刊銀次」を読んでくれたようで、やっぱりその世代のかただった。 なんと、彼の著作に「Heartbeat」という作品もあるそうだ。 小路さん、ていねいなメールどうもありがとう。 「DOWN TOWN」をさっそく購入して、今読み始めたところです。
そして、4月にはもうひとつ新しい試みを始める。それは、初めてのトーク中心のイベントだ。 その名も「伊藤銀次の話し出したら止まらナイト」! なんとも恐ろしいネーミングではないか。まるで「朝まで生銀次」みたいな...。 といってももちろん本当に「止まらない」わけではなく、大体2時間ぐらいのサイズで考えている。 (間に休憩を入れてね。)
場所は武蔵小山駅前の「LiveCafe Again」。 去年弾き語りのCD「I Stand Alone Vol.1」のレコ発イベントをやらせてもらった場所だ。 (Againはビルの地下1階、そしてこのビルの1階には「ペットサウンズ」という ポップマニアにはよく知られたCD屋さんがある。まさにこのビルは、ポップスの聖地なのである。) 4月24日がその「話し出したら止まらナイト」の1回目である。
まだ実は何をしゃべろうか決めていない。 むしろ、あんまりかっちりした内容にしないで、行き当たりばったり、 どのくらい自由にしゃべれるかを、実験してみたいと考えている。 話題はあちこちに飛んで、二度と戻ってこないかもしれない。 とっつきのいいところで、とりあえずは自分と音楽の出会いから始めてみようかな...。
一応ギターは持参の上だが、通常のライブ・イベントではないので、 歌は話の箸休め、2曲ぐらいしか歌わないつもりだ。 それも自分の曲でもなく、ロックでもない、たとえば、ディーン・マーティンやナットキングコール、 そして映画音楽、シャンソン、カンツォーネなど、めったに歌わない、プライベートに好きな、 趣味趣味曲で押して行こうと思う。 そして、会場におこしのみなさんとのやりとりも期待している。 まさに「 The Other Side Of Ginji Ito 」。ぜひご参加あれ。
伊藤銀次
□2010年04月04日号□
昨年のツアー「I Stand Alone 2009」に来てくれた皆さん、 遅くなったけれど、どうもありがとう。 去年はまだ「週刊銀次」を始めてなかったので、 今ここであらためて、「ありがとう!」を言わせてください。
間近にみんなを感じてライブができて、しかも終わってから短い時間だったけれどお話ができて、とても有意義だったね。 いろんな場所で、いろんな雰囲気で、今までずっと僕と僕の歌を待っていてくれた ファンの人たちの目の前で歌えて、本当にうれしかった。
I Stand Aloneといえば、アル・クーパーのアルバム・タイトルを連想する人が多いと思う。 自由の女神の顔だけがアル・クーパーの顔になっている、あのアルバムだ。 一昨年の10月頃、2009年はギターの弾き語りで全国ツアーを行うと決めたとき、 頭の中にビビビっときたのが、あのアルバム・タイトルだった。
もともとバンド編成でアレンジされた僕の曲を、ギター一本にアレンジし直して、 ピアノの伴奏のようにして歌ってみるという試みは、 最初は無謀で至難の業のように思われたが、 この年齢になって、誰にも頼らず自分のギターだけで一回ちゃんと自分の曲達を表現しないと、 ちょっとかっこ悪いなという、妙にせっぱつまった気持ちでいたのだ。 シンガー・ソングライターの原点に自分をちゃんと置いてみたい、 そこから始めないと、ソロ活動を再開できないようなそんな気持ちになっていた。
ライブの回を追うごとに、曲を増やし、カポタストの位置や、 昔から雑多なジャンルのコピーをして得た、さまざまな奏法とアイデアを駆使し、 ああでもないこうでもないと試行錯誤するうち、オリジナル・レコーディングのアレンジによる時代性から、 メロディーが自由に解き放たれて、それが時間を超えた「銀次メロ」として、 自分で再認識できたことが、信じられないほど僕には重要な体験だった。 そして演奏スタイルも、1年立ってみて、知らず知らずのうちに、 なんとなく、オリジナルなスタイルになってきたような気がする。なにごともやってみるものだ。
そんな弾き語りのライブを、去年はなんと年間に35公演! ながらくスタジオの中でのプロデュースばかりで、人前で歌うことがなかった僕の中の、 何か激しく駆り立てるものが、ひたすらしゃかりきに曲を演奏させたような一年だった。
そしていよいよ、「I Stand Alone 2010」が始まる。 4月9日の大阪が<梅田AKASO>、4月11日が渋谷の<7th FLOOR>。
何曲かレパートリーを増やしたり入れ替えたりはあるものの、 基本的には去年とスタイルが大きく変化するわけではないが、 去年よりまた一歩でも二歩でも、「進化」したライブができればいいなと思っている。 (だけど、「進化」しなくちゃしなくちゃと思い過ぎると、またリキんでコケるので気をつけなくちゃ... 。)
逆に、去年より肩の力を抜いた、リラックスした空気感のライブをめざしたいと今思っているところだ。
さあ、いよいよ、もうすぐみんなと会える。
ぜひとも!銀次、今年初の弾き語りライブ、皆さんこぞって、見に来てくださいね!
大阪、東京ともにゲストも来るでよ...。
伊藤銀次
□2010年03月28日号□
やっぱりあの暖かさは、大自然のフェイントだったのだ。 週が変わるなり、いきなり、冷たい雨が降る毎日。気温も4度。 せっかくの春を迎える気分と体の用意が、すっかり裏切られ、またチヂこまってしまった。 週の後半、日中は少し暖かくなったものの、陽が沈むなり、吐く息も白く、ヒトケタ台の気温。 かんべんしてくれ。もう冬はいい!
一週間立つのは本当に早い。特に「週間銀次」の連載をはじめてから、また一段と早くなった気がする。 昨日土曜日はその締め切り日。にもかかわらず、黒沢君との曲作りのあと、飲み会に誘われた。
メンツはいえば、泣く子も黙る、日本を代表するレジェンダリー・バンド、四人囃子のドラマ‐岡井大二さん (実はL↔Rのプロデューサーでもあったのだ)、 そしてこれからのJ-Rock・シーンを担っていくだろう、フジファブリックのギタリスト、山内総一郎君と、 ちょっとすごく、なんか面白そうじゃないか。 まッいいか、早めに切り上げて、帰ってから書けば間に合うだろう...。 ムム、何度この悪魔のささやきで、地獄を見たことだろう...。
黒沢君の粋なはからいで実現した、三世代トーク・セッションは、 朝の5時まで大盛り上がりに盛りあがった。 もちろん僕は朝までずっと、ひたすらプーアール茶だけのノンアルコール人だったのだが、 みんなのハイテンションに、負けず劣らず、僕のドーパミンは全快。 岡井さんと黒沢君の漫才もどきのやりとりに、抱腹絶倒。 すっかり酔っぱらったような気分になれた...のはいいのだけど、 アップ日の今日昼過ぎに起きだし、今まだこの原稿を書いているありさまである。 ついに締め切りを、というか早くも締め切りを守れなかった...。 期待してアップを待っててくれたみなさん、 もうしわけありませんでした。
今週は終止黒沢君との曲作りウイーク。何となく曲もそろって来たので、ぼちぼち作詞モードに入ってきたところである。 詳しい進行状況や内容、そしてユニット名など、喉元まで出かってるほど、 みんなに言いたくて言いたくてしょうがないのだが、残念ながら現段階ではトップ・シークレット。 ごめんね。そのうちってことにしといてください! 時間はかかってるけど、とにかくみっちりやってるからね。
親子ほども年の離れた二人が、そんなことを忘れて、ギターを抱えて、 メロディーをぶつけ合い、夢中になって曲作りに没頭している。 まるで高校生だ。 平凡でベタな表現になっちゃうが、だからやっぱり、音楽ってすばらしいのである。 作業が進むにつれ、少しずつお互いに化学反応が起こってきているようだ。 どうか仕上がりを楽しみにね!ライブもちゃんとやってくつもりだかんね。
二人の化学反応の成果かどうか定かではないが、 そんな黒沢君が最近、「かもめ児童合唱団」に書いた曲、これがなかなか名曲で驚いている。 何か彼の新しいチャンネルが開いたのかもしれない。
一月の中旬、やっと二人のユニット初のオリジナル曲ができた。 そして、その曲のデモを、三浦市三崎町在住の音楽プロデューサー、 藤沢宏光氏のお宅の地下スタジオで作ることになった。 その滞在中に、藤沢さんが現地で今プロデュースしているという、 かもめ児童合唱団の練習を、城ヶ島漁村センターで見学させていただいたけるという、 チャンスを得たのだった。
かもめ児童合唱団は、三浦市を中心に歌い続けてきた、 5歳から12歳までの十数名の合唱団なのだが、僕の目の前で 矢沢永吉のI Love You O.K.を歌うあの子たちは、いわゆるお行儀のいい、 大人受けする既存の児童合唱団とまったくちがう何かを、せいいっぱい放射していた。
僕のように「かもめ体験」をしていない人には説明しにくいのだが、 どこかロックな、大人の演出ではできない、子供本来が持っている、 自由な表情にあふれるその歌は、プロの垢にまみれた、 僕の心をきれいに洗い流してくれたのだ。
興味のある人は、かもめ児童合唱団で検索してホームページを見てください。 「トラベシア/三崎の歌」「城ヶ島の雨/あなたが美しいのは」の2枚のシングルが発表されていて、 1stアルバムが5月12日に発売されるとのこと。 このアルバムに前述の黒沢君が書いた曲も納められるそうだ。 方程式から抜け出せなくなった、日本の音楽に食傷気味のかたにはおすすめだ。 「かもめ体験」、洗われるよ。
最後に、恵比寿タイムアウト・カフェでの佐野元春との対談に参加してくれた人たち、 そしてネットで聞いてくれた人たち、ほんとにどうもありがとう。 あっというまだったけどひさしぶりの佐野君との会話は、 僕にとっても楽しく、パワーをもらえた素敵な時間だった。
そして最後に、そして最後に、そして最後に..... アップ遅れてごめんね。
足踏みする春に「カモン、こっちへ来いよ」と声をかけたくなる銀次でした。
伊藤銀次
□2010年03月21日号□
昨日は土曜日、「週刊銀次」の締め切り日である。 というか、やばい!もう日曜日に突入してしまっている。 あいかわらずギリギリになってしまうこの性格。 というか、単なる言い訳に過ぎないが、あの線かな、この線で行こうかな、 などと迷っているうちに、いつのまにか土曜日がやって来るのである。 いつのまにか来るわけはないのであって、やっぱりこの性格をなんとかしないと...。
言い訳になるが、今週のイベントは週末に集中していた。 そのあたりをのっけたかったので、ギリギリになってしまった。ごめん。
昨日はひさびさに、成岡さんと駒沢公園ジョギング・コースを走った。 政治からスポーツ、音楽、映画、本の話など、多ジャンルの話題で盛り上がりながら約15km走った。 成岡さんは、数少ない、音楽畑ではない世界の友人の一人。 楽しんでゆっくりと走る、有酸素ラニングのやり方を教えてくれた、僕のジョギングの師匠である。 そして全国の名店酒場素人研究家でもある。
ぼくがまだお酒を飲んでいた頃は、 京成立石や谷保や、横須賀など(横須賀には「銀次」という名店がある。) いろんな店を目指して、二人で走っていき、銭湯で汗を流してから、 おいしいお酒と料理と会話を楽しんだものだった。 今年始めての駒沢ランの後の酒席、飲まなくなった僕だが、 今年はまたいろんな名店にいっしょに走って行くことを再確認して別れた。 成岡さん、お互い体に気をつけて、この感じ続けましょう。
2003年頃だったか、あまりに景気が悪くて、いい話がないところから、 彼が口にした「こんな時代は、ラテンな気分で行くしかないですよ。」という一言にひらめき、それを「東京マルディグラ」に使った。 ココナツ・バンクのスペシャル・サンクスに彼の名前が出てくるのはそれ故である。
杉真理くんと村田和人くんのユニット、アロハ・ブラザースのレコーディングに参加した。 といっても、コーラスだとかギターとかの、普通の参加ではない。 なんとコントにである。(といっても、杉くんのファンなら、なんの驚きもないことだが...。)
かなり前、杉くんが、FM広島で番組を持っていたとき、やはりコント・コーナーがあり、 ゲストは必ずコントをやらなければならなかった。 僕はしかたなく(嘘つけ)「銭形銀次捕物控」と「子供電話相談室」のパロディをやらせてもらった。
「銭形銀次捕物控」では、もちろん僕が銭形銀次役、杉くんは子分の杉っぱち。 舟木一夫さんの歌う、本物の銭形平次の主題歌を使い、 ガラガラっという引き戸の音とともに、杉くんの「親分、てぇーへんだ、てぇーへんだ!」で始まる オープニングはなかなか、本気な凝りかたで、おもしろかった。
「子供電話相談室」での、杉くん演じる「ヤモリのおばちゃま」はすごかったなー! 「ときどき、お部屋の壁とかペタペタしたりするのよ...。」には笑った。 コント王、杉くんとの出会いが、まさに僕のコント魂に火をつけた大きな要因だったのである。
そしてひさしく僕の中で眠りをむさぼっていたコント魂は、今回、杉君のプロデュースのもと、 再び姿を現すこととなった。なんとなんと銀次が吟じてしまったのである。 つまり「伊藤吟じ」になってしまったのだ。それも、ありえないものを吟じてしまったのである。 どんな事が起きているのかは4月発売予定のアロハ・ブラザースの新譜で確認していただきたい。 ありえないものを吟じているのだから...。
前から「東京バンドワゴン」という本の題名が気になってしょうがなかった。 バンドワゴンといえば、やはり鈴木茂、1975年の名盤のタイトルを連想してしまうからだ。 とは言いながら、いろんなことにかまけて、チェックせずにいたのだが、 新聞の書籍の広告で、同じ著者の、今度はなんと「ダウンタウン(Down Town)」という本が上梓されたのを目にした。
ダウンタウン(Down Town)/小路幸也(河出書房新社)
その宣伝文句をみると 「東京バンドワゴンの著者が描く温かくて懐かしい「喫茶店X青春」小説!」 この小路幸也という人はどんな人なんだろう? はっぴえんどやシュガーベイブが青春だった世代なのだろうか?これはちょっとチェックしなくちゃ...。 今日は佐野君のトークライブにゲストで行く。 3月18日の「アンジェリーナの日」を見に行ったが、いくつになっても変わらない、 彼の音楽へ真摯なアティテュードには密かに心打たれた。 そして昔からまったく変わらない、誰からも愛される、とびきりの性格のよさ...。 今年はデビュー30周年、大きな節目。 僕も何か手伝えるのなら、微力ながら、全力で盛り上げたいという思いを深くした。
伊藤銀次
□2010年03月14日号□
3月に入ってもう2週目だというのに、今週は雪が降った。 かと思うと週末には15度近くになり、ようやく春めいてきたが、はたして信じていいものやら...。 この冬はほんとに寒暖のアップダウンが激しかった。 寒さの原因は、何度も北から大きな舌のように、ベロっと南に降りてきた寒波で、 なんとこれも暖冬のせいだというから、なにがなんだかわからない。 そういえば去年もそうだったが、今年も春一番が吹いてから寒くなった。 なのに「春一番」とは、看板に偽りありだ。 異常気象の加速度化に予報はますます追いつかなくなっているということか...。
お酒を飲むのをやめて今日で291日目。おかげで心も体の軽やかで、調子がよい。 あびるように飲んでいたころは、よく顔に吹き出物ができて困っていたが、最近なんか、お肌がつるつるしてきた。 友達に顔色がよくなったねと言われたりすると、ちょっとうれしい。 飲まなくなっても、音楽仲間との飲み会には相変わらず、積極的に参加している。 みんなで、わいわいやるのは楽しいからね。 それにしても、誰も僕にお酒をすすめない。僕の音楽仲間はみんな、なんて大人なんだろう!
もっぱらウーロン茶をすすりながら会話に参加しているが、 今まで酔っぱらってたときと、なんか変わりなく話題に入って楽しんでいる自分がいるのが、自分でも不思議だ。 どうやら僕はナチュラルでも、ハイ(というか根っからのお調子者)な部分を元々持っている人のようだ。 まあもう、人生何回か分のアルコールを摂取してきたわけだから、 ここは生まれ変わった気分で、せめて残る人生(?)ナチュラルなマインド&ボディで酔える音楽を目指そう!(なんちゃって...)
昨日、「偶然のチカラ」(植島啓司著、集英社新書)という本を読み終えた。 「偶然」という現象を様々な角度から考察してあって、独特のおもしろさだった。 もっとあのとき、こうしておけばよかったとか、あれはあれでナイスな選択だったんだなとか、 いろんなことが頭をよぎり、因果や縁起について考えを新たにした。 ある意味、今の空気にフィットした「再生」の書かも。 スマナサーラさんの「怒らないこと」に続く、銀次のおすすめです。
偶然つながりというわけでもないが、先週から今週にかけて、ひさびさの出会いがあった。 先週お知らせした、ネットラジオ「伊藤銀次のTalkへ行きたい」にゲスト出演してくれた、 ママレイド・ラグの田中拡邦、堂島孝平、EPO、そしてiPodFunのDear Musicの取材で、 ひさびさにザ・コレクターズの加藤君とコータローにあった。 (コータローとは、昨年の池袋鈴ん小屋での僕のライヴにわざわざ来てくれたので厳密にはひさしぶりではないが...)
最新CDの「青春ミラー」はうれしくなるような、良い出来だ。 信じられないほどメロディーも言葉も瑞々しく、しかもなおかつ毒が効いていて、 彼らの初期、テイチク/BAIDIS時代のような、エネルギーが充満している。 詳しくは紙面で読んでいただくとして、それにしても彼らといい、EPOといい、 今回はベテラン・アーティスト達の元気ぶりには驚きだった。 ミュージシャン・ライフのらせん階段を、何周りもした結果の、高い経験値からくるパワフルさだろう。 当然、田中君や堂島君からも、しっかり、若さのエキスを吸い取らせていただいたが(こわっ!)、 今週はベテラン2組の豪快なたたずまいに、元気をいただいた。 感謝である。
PANのヴォーカルのアキラから、最新CDが送られてきた。 PANは、大阪は吹田をホームグラウンドとする、インディ‐系のパンク・ポップ・バンド。 縁があって、「いっせーのせー」というマキシ・シングルを昨年プロデュースした。 キャラもいいし、いい曲を書けるメンバーが3人もいるのだが、 スピード感のあるサウンドとメロディーに、言葉がおいて行かれるのが惜しくて、 ソング・ライティングに何ヶ月もかけ四苦八苦したが、結果なかなかの上がりになった。 そして一年、セルフ・プロデュースによる「トリハダゲーム」という最新CD、曲作りがうまくなっている! 成長の知らせ、教え子たちからのうれしい便りだ。
今週の最後は、銀次のおすすめCD。(レコミンツ・マガジン終了以来だから、ほんとにひさしぶりのことになるね。)
紹介したいのは、ネヴィル・ブラザーズ・バンドのギタリストでもある、 シェーン・セリオ(Shane Theriot)のギター・インスト・アルバム、「Dirty Power」だ。
ロベン・フォードを泥臭くしたようなギターに、ミーターズのようなリズム隊をつけた感じのサウンド。 一曲目なんかはリトル・フィートっぽかったりもする。
そして、とにかく、音がぶっといのがいい! さらに、大好きなドラマー達、ジム・ケルトナーと、元ミーターズのジョセフ・ジガブー・モデリステが参加、 ごきげんなリズムで彼を助けている。
シェーンのアルバムの中では、今のところ、これがベスト! スティーヴ・クロッパーから、ロベン・フォード、ジョン・スコフィールドあたりの流れにいる、 ブルージーでファンキーなギタリストである。 テクとフィーリングの両方を兼ね備えた、今とても貴重な存在のギタリストだと思う。
僕はこれを、新宿タワー・レコードに、「面出し・レコメンド」してあったので買えたけれど、 渋谷のタワーではどこにも見当たらなかった。 店頭では手に入れにくいと思うので、ネットで探してゲットするしかないかも。 (この中の曲が、春の銀次ライブの客入れに流れることは、ほぼまちがいないと思う。)
伊藤銀次
□2010年03月07日号□
僕は定期的に持っているCDの点検をする。5年とか10年のタームで、 もう絶対聞かないだろうCDをチェックして、人にあげたり売りに出す。 僕の持論としては、CDは聞くためにあり、聞かないCDは持っている意味がないのだ。
何年か前からやんなきゃと思いつつ、忙しさにかまけ引き延ばしていたら、 CDが棚からあふれだし、いつのまにか段ボールに、そして床に山積みになってきだした。 これはいかんなと、今年に入ってすぐ点検をはじめた。
仕事の関係で一応押さえておかなくちゃと買ってたものや流行りものは、 ほとんど1度2度聞いて棚に直行していたものが多かったのにはあきれたね。 CDが増えるのと反比例して聞く時間んが少なくなってるということか…。
いちいち聞いていかなきゃならないので、いつ終わるかわからない気の遠くなる作業だが、 前はピンとこなかったアルバムが実はちゃんと聞いて見ると、ごきげんなアルバムだったりするとなんかうれしい。 若い頃のようにひさびさにわくわくしている。
ここ何年かは現在のポップ・シーンにあまり期待してなくて、ジャズばっかり聞いていた。 それがこの作業のおかげで、あらためてよさを再確認、今週よく聞いてたのが、 ファウンテンズ・オブ・スウェイン(FOS)とティーンエイジ・ファン・クラブ(TFC)だ。
トム・ハンクスが監督・出演の映画「すべてをあなたに」の主題歌が あまりにも見事なビートルズ・オマージュの名曲で、 FOSはそれを書いたアダム・シュレジンシャーのパンドということで聞いてみたが、 期待ほどビートルズっぽくなかったので二、三度聞きで棚に直行していた。 片やTFCは、今聞くと甘酸っぱいバーズみたいで好きなんだけど、買った当時は印象が薄くて、 これまた二、三度聞き棚直行コースだったのだが、どちらもなんだか心地よい。 僕の中にいったい何の変化が起こったのだろう? プロデュースばっかりやってた僕がまたアーティストとして活動を始めたことも関係あるのだろうか? それとも、黒沢秀樹君とユニットを始めたことの影響か?とにかく今どちらも心地よい。 何か忘れていた感じが帰って来ている気がするのである。
インターネット・ラジオが始まった。 杉君がパーソナリティーを務めてた「OFF STAGE TALK 杉真理のTALKへ行きたい」が 「OFF STAGE TALK 伊藤銀次・杉真理のTALKへ行きたい」と名を変えて、僕も参加することになった。 一回目のゲストは、昨年の僕のツアーの横浜でゲスト出演してくれた、ママレイド・ラグの田中拡邦君。 その後も堂島孝平君やEPOさんなど続々登場、地上波ラジオでは聞けないたたずまいのプログラムなので、ぜひ聞いてみてほしい。 生まれて初めてのインターネット・ラジオ、今年は銀次の新しいディケードの始まりかも。
伊藤銀次
□2010年02月28日号□
2010年ももう2ヶ月が経ってしまった。
そんな折、ブログもどきなものを始めようと思う。
ブログより、もうちょっと読みでがあって、週刊ぐらいの(遅れることもあるが)テンポとボリューム。
ツイッターが全盛の今、なんたるアナログか...。
まあいいだろう。我が道を行くことにする。
ネット内では、以前レコミンツ・マガジンで「Beat Goes On」ていうのを連載していたが、 2009年7月に終わってしまった。昨年「I Stand Alone」ツアーで全国を廻ったとき、 ファンの人にこのコラムを楽しみにしていたと告げられたことが、この新連載の発端である。 「Beat Goes On」で紹介していたCDやDVDに加えて、本や人やいろんなものを紹介していこうと思う。 当然、僕の近況が含まれることもある。まったく決まりなく気ままに行こうと思う。よろしくね。
そうそう、昨年は僕のツアーに来てくれたみんな、遅ればせながらどうもありがとう! 全35公演と、人生でこんなにたくさんライブをやったのは初めてで、いい体験をさせてもらった。
とりあえずちょっとお休みして、2010年のライブは4月9日の大阪と4月11日の東京からスタート。 またみんなと会場で逢えるのを楽しみにしています。
ツアーの各地で、「来年は、なんとかひさびさのソロ・アルバムを!」と力んだことを言ったが、 今年はその前に、黒沢秀樹君とのユニットを立ち上げたいと思っている。 今ふたりでいっしょに曲作りをしているところ。 初期のレノン‐マッカートニーのように、二人ともギターを持って膝をつきあわせて、 メロディーやコードのアイデアを出し合い、キャッチボールを繰り返す共作スタイルで、もう何曲か形をなしてきている。 二人の好きなパブロック、ニック・ロウとデイヴ・エドモンズを頂点にする、 僕ら独自のポップ絵巻、二世代ミュージック(?)が展開される予感。期待して待っててね。
それでは「週刊銀次」をよろしく!
2010年夏のスペシャルメッセージは、下記のリンクから!
http://www.youtube.com/watch?v=tNhlWIWVI5Q
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